特別資料

ラスキン全集(英文)全39巻
〔708/R 88〕 貴重書庫内

ジョン・ラスキン John Ruskin (1819.2.8から1900.1.20)

イギリスの美術批評家、社会思想家。スコットランド出身の富裕なワインとシェリーの輸入会社経営の子としてロンドンに生まれた。 主として家庭で清教徒的厳しい教育を受け、また、こよなく文学や美術を愛する父親に伴われ、幼いときからヨーロッパ諸国を旅行し風景美に目を開かれた。 7歳から作詩をはじめ、オックスフォード大学在学中には、詩に対してニューディゲイト賞が与えられた。また、少年時代に「博物学雑誌」に寄稿するなど鉱物や地層にも関心を示した。 大学時代に療養先で知り合った画家ターナーの風景画を支持するために「近代画家論」Modern painters 5巻 (1843-60)を著わし論壇の注目をひいた。また、ラファエル前派と呼ばれる画家たちを賞揚し、経済的にも擁護した。 ゴシック主義の美点を力説して評論を書き、各地で講演を行った。「建築の七燈」The seven lamps of architecture (1849)、「ヴェニスの石」The stones of Venice (1853)で美術批評家の名声が確立した。

これまでラスキンは純粋な芸術美を論じてきたが、この頃から機械文明とそれが作り出す社会悪に反対する活動に関心を寄せ、「この最後のものにも」Unto this last(1862)、「胡麻と百合」sesame and lilies(1865)等を著わした。 競争原理と利潤追求に狂奔する資本主義社会に代わって、中世的なキリスト教社会の復活への夢を説き続けた。 自己利益でなく自己犠牲を基本とした経済学を説き、新しい社会主義ユートピアを描いた。 社会主義の実践活動を続け、労働者のための大学創設にも尽力した。 70年から79年、83年から84年にかけてオックスフォード大学の美術史教授を務めた。 自伝の「過ぎしことども」Praeterita(1985-89)は未完に終わった。 晩年は湖水地方のコニストンに住み、現在そこにはRuskin Galleryが建ち、一般公開されている。 1903年に本全集が刊行され、大正時代には日本国内でも5巻本の「ラスキン叢書」が翻訳刊行された。 現在、環境問題、人間性の回復が叫ばれる中、ラスキンの復権、再評価が問われてもいる。

ベートーヴェン・コレクション(楽譜)
〔762.34/B 32〕カウンター内所蔵

ベートーヴェン・コレクションの意義

本学図書館が所蔵する「ベートーヴェン・コレクション」はベルリン国立図書館所蔵(旧プロイセン文化財音楽部門)の極めて重要な手書き楽譜資料のマイクロ・フィッシュです。 275点のカラー・フィッシュを含む全460フィッシュという大量の資料集成です。ベートーヴェン研究にとってベルリンのこのコレクションは、ボンの生家記念館ベートーヴェンハウスが所蔵するコレクションと並ぶ二大コレクションとなっています。ついひと昔前、1990年代まで世界中のベートーヴェン研究者がこの資料を閲覧するためにベルリンにまで出向かなければならなかったことを考えると隔世の感があります。この貴重な、また、個人購入できないような高価な資料が本学に所蔵されていることは、日本の音楽研究者にとって実に嬉しいことです。ベートーヴェン自身や当時のプロフェッショナルな写譜師の手による手書き楽譜を見ることは、ある種の美術品を鑑賞するような感動さえ覚えるもので、ベートーヴェン研究者にとどまらず学生や音楽ファン等々あらゆる人にとって貴重な財産といえるでしょう。

もちろん、この資料はベートーヴェン研究者にとってかけがえのないものなのですが、音楽研究にとっての手書き楽譜資料について少し説明しましょう。音楽研究の難しさは作品そのものの捉え方の特殊性にあります。美術研究では、画家本人の手になる真作絵画を研究対象の作品とするわけですが、音楽研究の場合、真の意味での音楽作品は時間の流れの中に鳴り響く現象としてのみ顕在するわけで、作品そのものを捉えての研究はなかなかむずかしいわけです。しかも、鳴り響く形にするためには演奏という、作者ではない第三者による解釈行為が不可欠な要素となっています。

音楽研究では作曲家が書き残した楽譜を便宜的に作品の代用とし、これを対象としたさまざまな観点からの研究を積み重ねています。しかし、これこそが音楽の形式、表現語法さらには創作過程を探求する上で最も有効で基本的な手段となっています。となれば、調査対象とする楽譜はもっとも信頼のおける資料でなければなりません。言い換えれば、印刷楽譜としての初版譜が出版される前までの手書きの楽譜は、いわゆる一次資料という意味で最も重要な研究対象ということです。それがこのコレクションなのです。

作曲家が遺した楽譜資料にはさまざまな形態のものがあります。主題旋律だけのメモのような1葉のスケッチ、その主題を発展させた創作のさまざまな段階を示すスケッチ帳、創作に着手した年月や脱稿した年月の記入をもつものもあり、さらにしばしば脱稿後に別の筆記用具(インクの色の違い、ペン先の形状の違い、書体の違い等々により判断)で加えられた修正、改作の形跡を残すものもあります。また、作品を出版するために職業的な写譜師によって浄書された浄写譜(筆写譜)、さらに重要なのは、この浄写譜を作曲家自身が校正した校正済み浄写譜等々、さまざまな手稿譜(手書き楽譜:作曲者自身による自筆譜と第三者による写本に大別できる)があるわけです。今回本学図書館が購入したコレクションは、19世紀後半から20世紀初頭にかけてベルリンの「プロイセン文化財音楽部門」が収集したものに加えて、ポーランドのクラクフにあるヤギエロ図書館(ビブリオテカ・ヤギエロンスカ)が所蔵しているベートーヴェンの書名のある自筆譜および浄写譜への自筆訂正などのある貴重な資料もマイクロ・フィッシュ化されて含まれています。

ベートーヴェンの自筆による手が加わった資料はこのコレクション460点の中約100点にのぼります。交響曲第4番、5番(運命)、7番、8番、9番(第九)をはじめとして、ピアノ協奏曲第1番から3番、第5番(皇帝)、《ミサ・ソレムニス》《フィデリオ》等々の大作、そしてさまざまな室内楽やピアノ曲の自筆譜や浄写譜が見られます。また、中にはさまざまな編曲も含まれており、2006年から2007年に本学教員(音楽学=平野昭、小岩信治)が企画した「静岡文化芸術大学の室内楽演奏会2 ~ベートーヴェンのアンサンブル」で演奏紹介される《ピアノ協奏曲第4番のピアノ六重奏曲編曲版》は、ボンのベートーヴェン研究所のハンス=ウェルナー・キューテンによって再発見され、室内楽版として編纂されたものですが、基本的に使われた資料はこのベルリン・コレクションに所蔵されていた浄写譜に基づくものでした。本学の室内楽演奏会においてもこの資料を参考にしています。

こうした新たな発見、いわば19世紀の音楽受容史を見直す上でもこのコレクションは非常に貴重なものと言えるでしょう。
静岡文化芸術大学 名誉教授 平野 昭(音楽学)