教育・研究
2022年11月16日
「イタリア文化史」で高田和文名誉教授の特別講義が行われました
国際文化学科専門科目「イタリア文化史」(担当:武田好教授)にて、本学名誉教授で元副学長の高田和文先生を講師に招き、特別講義が行われました。イタリア演劇を専門とされる高田先生。「20世紀イタリアの前衛芸術」をテーマに、映像資料も用いながらお話しいただきました。
ルネサンスの時代に文化の最盛期を迎えたイタリアですが、今回のテーマはイタリアの「前衛芸術」。ルネサンス時代に比べて、どんな作品があるかよく知られていません。
前衛芸術は「アバンギャルド(フランス語)」とも言われ、既存の芸術の形式や概念を否定し、革新的表現を目指す芸術です。その特徴として、具体的な作品テーマから抽象的なものになり、決まった表現の仕方(ルネサンス様式、バロック様式など)から概念(コンセプト、作品の背景にある考え方)を大切にするようになります。1つの意味を表す作品ではなく、多様な意味を持ちいろいろな解釈が成り立つ作品が多いのも特徴です。絵画、彫刻など様々なジャンルが超越し混交していくため、ジャンル分けも難しくなります。インスタレーションもその例です。このような特徴から、前衛芸術は難解であるというイメージを持たれることがあります。
イタリア未来派の前衛芸術
マリネッティの未来派宣言(1909年)がはじまり。前衛芸術の特徴として、芸術家が何かの宣言をして運動をする傾向がある。それまでは作品が作られてから、そのあとで批評家がそれらの作品に定義を与えていた。
イタリア未来派では、過去の芸術を徹底的に批判、破壊し、ルネサンスを否定。20世紀初めの自動車、鉄道、飛行機など機械や技術とスピードを賛美し、男性優位の思想、女性蔑視の考えを持つとともに、ファシズムと戦争を支持した。
ジャンル | 作家、特徴など |
---|---|
絵画 | バッラ、ボッチョーニ、セヴェリーニ |
文学 | マリネッティの前衛詩 |
演劇 | 総合演劇(とても短く15分ほどを演じる、足だけが見える演劇など)、未来派の夕べ(音楽、詩を披露するイベント) |
音楽 | ルッソロのイントナルモーリ(雑音製造機) |
写真 | ブラガリアのフォトディナミズモ(特殊な現像技術で2枚の写真を重ね合わせる) |
舞踊 | チェンシの航空ダンス 飛行機に乗った時の感覚、姿勢をダンスに |
イタリア前衛芸術における演劇
ルイージ・ピランデッロ(作家)1867年から1936年
1934年にノーベル文学賞を受賞。イタリア未来派の影響は受けつつも、未来派とは標榜していませんでした。シチリア(アグリジェント)に生まれ、それが作品に影響しています。パレルモで大学時代を過ごし、ローマで文学活動をしたあとドイツへ留学。1890年ごろから詩・小説を執筆し、1910年ごろから劇作を開始。劇作家としては遅咲きでしたが、その後、40編近くの戯曲を発表します。短編小説からの改作が多いのが特徴です。
【ピランデッロ演劇の特徴】19世紀末までヨーロッパの思想の中心に合った近代合理主義に対し、批判的な眼を向けた。理性をもって合理的に行動するという合理主義的人間観、世界観に懐疑的で、人格はひとつではなく多重であると考えていた(人格の多重性、世界の不確実性)。また、現実と虚構、正気と狂気の境界のあいまいさを演劇で表現。人間の相互コミュニケーションの不可能性を捉えていた。その意味では、現代の人間観・世界観を先取りしていたとも言える。
演劇の中で演劇について論じる 「メタシアター」の先駆的作品のひとつ。稽古をしている舞台に「父親」、「母親」、「父違いの娘」、「息子」、「少年」、「少女」の名前のない6人が出てきて、自分たちの身に起こった悲劇を完成し、上演してくれる作者を探すという話で、ローマでの初演当日は大不評だったそう。半年後にミラノで再演され、好評を博しました。さらにパリ、ロンドン、ニューヨークで上演され、世界的に注目されます。日本の築地小劇場でも1924年に上演されています。
ダリオ・フォー(作家、俳優) 1926年から2016年
主に喜劇を執筆した劇作家。ピランデッロと同様に、1997年にノーベル文学賞を受賞しています。1950年代から軽演劇(大衆向け演劇)で活躍し、1960年代後半になると体制批判の政治劇を書き、若者世代の支持を得ていきます。その後、中世の道化劇の再現(一人芝居)「ミステーロ・ブッフォ」が大ヒット。1970年代から1980年代は社会問題に取り組みました。
【ダリオ・フォー演劇の特徴】庶民の視点から政治や社会を痛烈に批判した作品が多いダリオ・フォー。現代の問題を取り上げつつ、イタリア伝統の仮面劇「コンメディア・デッラルテ」や古代ローマ喜劇の手法を駆使した作品を生み出す。⺠衆演劇の復興を目指して中世の道化劇を再現、伝統を踏まえながら、現代の新しい演劇を創造した。劇作、演出、俳優、舞台美術などを一人でこなす万能の演劇人。独自の一人芝居のスタイルを確立。
前衛芸術への素朴な疑問
- 「美しいといえるのか」
- 「テーマや意味はあるのか」
- 「技術的に優れているのか」
- 「必ずしも技量(テクニック)は重視されないのではないか」
- 「純粋に作家が創造したものなのか、それは作家が作った作品として認められるのか」
- 「どの程度価値があるものなのか」
これらの疑問に対し、高田先生は、前衛芸術は美的な価値の創造・実現という既存の芸術観とは相容れないものと言います。
近代までの芸術は解釈に一義性があり、作者からの一方向のコミュニケーションで成り立っていました。一方で現代の芸術は、解釈は多義的で、作者と鑑賞者の双方向のコミュニケーションが生まれます。たとえ作者のメッセージがあいまいであっても、それを受け手である鑑賞者が能動的に解釈することが出来るのです。(例:ウンベルト・エーコ著「開かれた作品」)
発行部署:企画室