中日新聞・静岡新聞両編集局長によるトークセッションへの学生コメント

2019年12月6日、本学で開催された中日新聞・静岡新聞両編集局長によるトークセッション(https://www.suac.ac.jp/news/topics/2019/02042/)を受講した本学科の学生(2年:近藤優里さん)から、授業へのコメントがありました。大変興味深い内容でしたので以下に紹介させていただきます。

“新聞を若者に読んで欲しい”と言うだけでは今のSNSの勢いには勝てないと私は思っているのですが、今日の講義で具体的な新聞の役割や良さを知れたことで受動的ではなく、能動的に新聞を読みたいと思いました。このような機会が今のわたしたちには必要なんだなとすごく感じました。しかし、今一度あらためて新聞について教えてもらえる機会というのは大学生にまでなるとなかなか無いので、こうした新聞社と提携した講義は実際に現場で働く方々の生の声が聞けるだけでなく改めてマスコミの仕組みや役割を知ることができるとてもいい機会だなと感じました。また学生側も話を聞いて感じたことを発言したり、講義中に取り上げた問題について友人と議論しあったり疑問に思ったことを聞いたりと、ただ聞くだけには留まらないアクティブで有意義な学びの時間だったなと感じます。
新聞社の方々の話は学生にとって大変貴重であり、また学生の声も新聞社の方々にとって有益なものになると思うので、どちらにとってもいい事ではないかなと感じました。

具体的に今日のお話の中で印象に残ったのは、中国では報道の自由度が低く、今まで様々な事実がひた隠しにされてきた、また今でもその姿勢が変わっていないということ。京都アニメーションの話で被害者の実名報道が正しかったのか否かということに関して、あくまでもメディアの根本にあるのは“事実を伝える”という役割であるということ。また実名を出すことは遺族に負担をかけると言われるが、すべての遺族の意向が実名報道に対して否定的ではないということ。そして実名を出すことはその人の生きた証を伝え、同時にその人が残した功績を広く世間に伝えることができるという役割があること。私は今まで被害者遺族の気持ちを考えて実名報道は控えるべきだと思っていましたが、功績や生きた証を伝えられるという役割があることを知り、それは名誉な事であるなと感じました。

また、新聞特有のコンテンツである社説やコラムが民主主義を支える役割を担っているという事には今日新聞社の方に言われて初めて気づきました。私は中学三年生の頃に受験に役立つかもしれないと先生に言われて中日新聞の「中日春秋」を毎日読み続けました。今思うと、あの頃が一番政治にも社会にも文化にも興味を持っていたなと感じます。社会を知ることが日本を知ることにつながり、日本を知れば世界が見えて、世界を知ると自分の今いる位置が分かる、というようにいい連鎖が起こるので、私もまた新聞を読む習慣をつけようと思いました。素晴らしい講義をありがとうございました。

(文責:近藤優里)