ワーグナー作曲「タンホイザー」Tannhäuser(歌詞:ドイツ語) vol.1

【ふじやまのぼる先生のオペラ解説(29)】
初演:1845年10月19日 ドレスデン 宮廷歌劇場(ドレスデン版)
   1861年3月13日 パリ オペラ座(フランス語版)

主な登場人物

登場人物一覧

登場人物相関図

登場人物相関図

あらすじ

13世紀初め、チューリンゲンのヴァルトブルク
序曲 巡礼の合唱タンホイザーの愛の歌ヴェーヌスベルクの音楽を融合させた音楽。
第1幕第1場 ヴェーヌスベルク
薄暗い洞窟の中。タンホイザーは、愛の女神ヴェーヌスのもとで、愛欲の生活を送っている。しかし満足を得ることができず、現実の世界へ戻ろうかと悩む。
第1幕第2場
そんな気持ちをヴェーヌスに見透かされ、愛の歌を所望される。彼は竪琴をとって「あなたのための讃歌よ、響け」と歌うが、快楽だけではなく変化も欲しいからここから去ると言い出す。ヴェーヌスは「愛する人よ、来たれ」と妖艶な歌を歌い引き留めるが、彼はここから出ていくことを希望する。ヴェーヌスが「この快楽の世界に浸っていた人に救いはなく、また私のもとに戻ってくる」というのを聞かず、タンホイザーは「わが救いは聖母マリア!」と叫ぶ。たちまちヴェーヌスの世界は消え去る。
第1幕第3場 ヴァルトブルク城近くの谷間
牧童の歌が遠くから聞こえてくる。タンホイザーは、懐かしい城の近くにいることに気付く。そこへローマへの巡礼が通る。彼は自分の行いを悔い熱心に祈る。
第1幕第4場
その姿を、方伯ヘルマンとその騎士たちが見つける。以前高慢ちきに去ったタンホイザーだったが、敬虔に祈っている様子を見て、騎士の一人ヴォルフラムが彼を再び仲間に迎えようとする。方伯に「今までどこに行っていた」との問いに、タンホイザーは「遠いところ」とだけ答え、また去ろうとする。その時ヴォルフラムに「エリーザベトのもとに留まれ」と言われ、彼の決心は揺らぐ。自分が去ってからというもの、エリーザベトは城で開催される歌合戦に来なくなってしまったと聞かされるタンホイザー。彼は激しい感動に襲われヴォルフラムの手を取り、城へ戻ることにする。
第2幕 ヴァルトブルク城の歌の殿堂
第2幕第1場
エリーザベトは、タンホイザーが戻ってくることを聞き、アリア「おごそかなこの広間よ」で喜びを歌う。
第2幕第2場
タンホイザーは、ヴォルフラムとともに登場しエリーザベトと再会する。エリーザベトは、「私はこの奇跡をたたえます」を歌い、タンホイザーがいない日々は味気ないものだったと語る。ひそかにエリーザベトを愛していたヴォルフラムの望みは、この瞬間完全に断たれた
第2幕第3場
方伯ヘルマンは、明らかに雰囲気の変わったエリーザベトに気付き、彼女に久しく途絶えていた歌合戦の開催を告げる。
トランペットのイラスト
第2幕第4場
高らかなトランペットの鳴り響く中、歌合戦の観客がしずしずと集まってくる。彼らは、久しぶりの歌合戦の開催を喜び、方伯を讃える歌を合唱する。方伯は「数々の美しい歌が」を歌い、歌合戦の開幕を告げる。今回のテーマは「愛の本質」。勝者にはエリーザベトと縁を結ぶことがでる。エリーザベトのくじ引きにより、歌う順番が決められる。まずヴォルフラムが竪琴をとって、「愛とは清らかな泉。触れてはならない」と歌い、皆の賛同を得る。タンホイザーは反論する。数人が自分の考える愛について歌うが、いちいちタンホイザーが反論するので、場は次第に熱を帯びてくる。最後にタンホイザーがヴェーヌス讃歌を歌うので、ヴェーヌスベルクへ行っていたことがばれてしまう。一同大混乱。女性たちはいっせいにタンホイザーから離れ、男性たちは剣を抜いて、彼のこれまでの行いを非難する。エリーザベトは、「私が一番傷ついている、その私の願いをきいてほしい」とタンホイザーの命乞いをする。一同ただただ感動するばかり。方伯はローマに行って教皇の赦しを得るよう命ずる。タンホイザーは、通りかかった巡礼たちとローマに向けて旅立つ。

タンホイザーの運命

正式な題名は、「タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦(Tannhäuser und der Sängerkrieg auf Wartburg)」といいます。そのドレスデンでの初演の反応は、あまりはかばかしくなかったようです。1842年に初演した「リエンツィ」の大成功によりドレスデンのオペラ総監督の地位を手に入れたワーグナーでしたが、次作「さまよえるオランダ人」は全く受けませんでした。さらに「リエンツィ」のような新作を期待していた聴衆は、「タンホイザー」を全く理解できず、たった8回で公演は打ち切りになってしまいました。
その後散発的に各地で上演されましたが、さしたる評判を得られません。革命に参加したことでドレスデンにいられなくなったワーグナーは、ヨーロッパを転々とします。
1860年パリでの演奏会が成功裏に終わると、オーストリア大使夫人の希望もあり、時の皇帝ナポレオン3世(1808-1873[在位:1852-1870])から「タンホイザー」上演の勅命が下ります。ワーグナーはパリのオペラの流儀に渋々従いバレエを挿入したり、各所を改定したりして、1861年フランス語での上演を行いました。しかし、ワーグナーの取った態度に不満を募らせていたオペラ座の常連たちに反発され、こちらも3回で打ち切りとなってしまいました。
その後1875年にウィーンで上演するためにさらに手を加えています。その結果、最初に出版された「ドレスデン版」、1861年パリ上演用にバレエを追加したもの、ウィーン上演のためにさらに手を加えた(どういうわけか)「パリ版」があり、上演ごとにどの版を使うか決定されます。また、いくつかの版を折衷して使用することもあります。
先生が一番大きな違いを感じるのは、第1幕第2場の調性です。ヴェーヌスが「愛する人よ、来たれ」と歌う部分があります。ドレスデン版はシャープ(#)が6つ付く嬰ヘ長調(Fis dur)なのですが、パリ版は半音低いヘ長調(F dur)にされてしまっています。この違いは歴然。シャープが増えるほど「明るい緊張感」が増していくので、キラキラと輝くような音が生まれ、ヴェーヌスがタンホイザーを誘惑するのにぴったりなのですが、パリ版では拍子を変えたりオーケストレーションに手を加えたりしているとはいえ、その「キラキラ感」は激減。しかもこのドレスデン版のシャープ6つには意味があって、第3幕第1場でエリーザベトの歌う「全能の処女マリアさま、わが願いをきき給え」との対比です。こちらはフラット(♭)6つの変ト長調。フラットが増えていくと、「暗い緊張感」が増していくのです。この対比が全くなくなってしまったので、先生はドレスデン版のほうをよく聴きます。
ワーグナーは死の間際まで、「私は世界に対してまだタンホイザーについて責任がある」と述べたと妻コジマの日記にあります。
コンクールでは、「ドレスデン版」を使用して、第2次予選の審査を行います。ちなみに、一般に手に入る出版されている楽譜は、二つの版が収録されており、先生の持っているペータース社の楽譜は、ドレスデン版を基本にパリ版の部分は、ページの端を黒く塗ってあります。
一番下に「ドレスデン版とパリ版」との表記があります。
ワーグナー楽譜
下の楽譜は、ドレスデン版第2幕最後の2ページ。パリ版で演奏したい場合は、左のページ下の段のマークから次のページに飛びます。ページの端が黒くなっているのがわかります。
(下の画像はクリックして拡大できます)
ドレスデン版楽譜
ドレスデン版楽譜2
次回第3幕をお届けします。