Archive講師レクチャー:高島 知佐子

自治体文化財団の経営とガバナンス

高島 知佐子文化政策学部芸術文化学科・准教授

1. 自治体文化財団を取り巻く環境と経営

自治体文化財団は自治体の出資により設立されているが、制度上は民間非営利組織である。非営利組織は利益で経営資源を増大させることが難しい場合が多く、サービスの直接的な享受者ではない第三者からの支援によって経営が成り立っていることが多い。そのため、広く社会に対する働きかけが求められる。
自治体文化財団が継続的かつ安定的な経営を実現するためには、(1)自治体文化財団にしかできない事業で公益性を実現すること、(2)(1)に必要となる経営資源の質を高めること、(3)(1)と(2)を可能にするためにガバナンスを有効に機能させることの3点が肝要となる。

(1)自治体文化財団にしかできない事業での公益性の実現

自治体文化財団の目的は地域の文化・芸術振興であるが、地域により住民は異なり、文化・芸術振興のあり方は異なる。地域に合った目的を設定し、ミッション(使命)を明確にすることが、自治体文化財団にしかできない事業の実現へとつながる。
ミッションは、「何のために」、「誰に対して」、「どのように」「何を行うのか」が記されたものであり、利益よりも公益を追求する非営利組織においては、ミッションを実現することが、その組織の存在意義となる。ミッションは支援者やスタッフ等の行動指針にもなる。残念ながら、ミッションを策定している自治体文化財団は多くはない。
ミッションに基づき、自治体文化財団にしかできない活動を考えるには、地域住民の人口構成や気質、産業、教育、福祉等の状況、その他の民間非営利組織の活動に関する情報収集と分析をしなければならない。芸術や文化以外の領域も含めて地域を見渡し、その状況と課題を知ることで、自治体文化財団にしかできない独自性を見つけることができる。
組織を取り巻く環境を知る視点にステークホルダーがある。ステークホルダー(stakeholder)とは「利害関係者」の意で、組織に利益や損失をもたらす組織、個人のことである。文化・芸術団体等のステークホルダーには、一般的に自治体や地域住民、地域団体、学校、企業、他の文化・芸術団体などがある。補助金の採択や交付を行う自治体や各種助成団体などは、資金提供者として重要なステークホルダーである。また、地域住民や学校も事業の対象者、または協力者として欠かせない存在である。このほか、事業を行うために必要な設備や人材を提供する舞台技術等の企業、事業を共に取り組んだり、自らの事業内容に影響を与える他の文化・芸術団体などもステークホルダーの一つといえる。他には、協賛や広報として協力するメディアも忘れてはならない。

(2)経営資源の質の向上

民間非営利組織は経営資源が不足しがちであり、その量を増大させることは難しい。そこで、量は同じであっても質を高めることで、活動を変えていく方策をとる。とりわけ、文化・芸術に関わる事業は、効率化ができないため、人材の質を高めることが、組織の活動を左右する。
人材の質を高める方法は、①優秀な人材を採用する、②既存人材の能力とモチベーションを高める、という2つである。優秀な人材を採用するには、外部労働市場が機能し、その中で競争力をもつ組織でなければならない。しかし、文化・芸術事業のマネジメントに関わる能力を持った人材の外部労働市場は発展途上であり、機能しているとすれば、首都圏に限られているだろう。地方都市の組織が優秀な人材を首都圏からリクルートするには、首都圏の組織以上の条件や環境を用意する必要がある。地方の組織では、これを実現することが困難と考えられる。
そこで、多くの組織が取り組むことは、既存人材の能力とモチベーションを高めることである。能力を高めるために、一般的にはOJTやOff-JTが行われている。SUAC芸術経営統計でも、何らかの研修を実施している自治体文化財団は多く、スタッフの能力形成には多くの組織が注意を払っていることが分かった。しかし、こうした研修が、能力形成につながるとは限らない。また、獲得した能力を発揮するかどうかもわからない。
ここでモチベーションに目を向ける。モチベーションは給与や福利厚生といった待遇だけで維持・向上するわけではない。待遇は一時的にモチベーションをあげることには繋がるが、持続性がない。そこで着目したいのが学びや創造のための場や対話である。官僚制の強い行政組織の影響を受けている自治体文化財団において、組織構造を一度に大きく変えることは難しい。しかし、学びや創造のための場や対話の要素を取り込むことで、官僚制によってもたらされる弊害を緩やかに取り除き、モチベーションの高まる組織を作ることはできるだろう。モチベーションを高める場と対話においては、ミッションの理解と共感も重要となる。非営利組織は、ミッションの実現が組織の存在意義となるため、スタッフがその能力とモチベーションをミッションの実現に向ける仕組みを考える。場と対話は、こうしたミッションへの理解と共感を生む装置にもなり、ミッションの理解と共感が、ミッションのために自らの能力を存分に発揮したいという思いをもたらす。

(3)ガバナンス

最後に、自治体文化財団のガバナンスに触れたい。非営利組織には2つのボランティアが存在する。一つは事業等でサポートしてくれる市民ボランティア等である。もう一つは組織のガバナンスを担う役員である。近年、ボランティア活動の活発化とともに、ボランティア制度を設ける組織も増えているが、より重要なのは、意思決定機関である理事会・評議員会を構成するボランティアとしての役員であろう。組織を理解し、組織に貢献する役員を迎えられるか否かは経営の存続にかかわる。しかしながら、自治体文化財団では、理事会が形骸化しガバナンスが機能していない場合も多い。理事会メンバーの組織へのコミットメントが低く、組織のミッションや活動を理解せず発言するといった事態に頭を悩ませる組織もある。さらに、理事会メンバーの発言権が大きく、マネジメントとガバナンスの乖離が組織を混乱させているケースもある。この点、組織メンバー自らの意思で設立されたNPO法人等では、しがらみがなく、組織にとって有益な役員を発掘し迎えることができる。つまり、ガバナンス面での制約が大きい自治体文化財団は、他の民間非営利組織との競争において不利な状況にあると言える。
自治体文化財団がガバナンスを機能させていくには、自治体との関係、財政的な課題における決断をせざるを得ないだろう。自治体文化財団が制度上、民間非営利組織であることを考えると、将来にわたって「自治体の一部」という状況を続けることは大きなリスクを伴う。自治体と地域住民のよきパートナーとして自律したガバナンス体制を敷くことは、現場を担うスタッフのモチベーション向上にもつながり、高いパフォーマスを生む。高いパフォーマンスを示せば、自治体と地域住民からより厚い信頼を得られ、自治体文化財団を支える人々が増えるという好循環をもたらす。
以上の3点を考えていくには、事業を担う人材に加えて、自治体文化財団において経営を担う人材が必要となる。指定管理者制度等で他の民間非営利組織や営利組織との競争を強いられる中で、自治体文化財団の将来を見据えながら、設置者である自治体と地域住民の良きパートナーとなるための方策を考えることが、結果として経営の安定化につながるだろう。