Archive茨城会場 講師レクチャー:戸舘 正史

地域創造の人材育成プログラム

戸舘 正史一般財団法人 地域創造 芸術環境部

月見の里学遊館・企画スタッフ(2007 - 2012)、アーツカウンシル東京・調査員(2012 - 2014)、アーツ前橋・教育普及担当学芸員(2014 - 2015)を経て現職(2018年3月迄の予定)。自治体の文化事業評価員、助成選定委員、アートNPO理事なども務める。日本文化政策学会、演劇人会議各会員。共著に『芸術と環境』(論創社、2012)。

1. 自己紹介

私は一般財団法人地域創造の芸術環境部専門職として演劇事業を担当しています。公共ホールに演出家を派遣して事業や運営を支援するリージョナルシアター事業の担当と、公共ホール及び自治体文化政策担当職員を対象とした研修事業の担当をしています。本セミナーでは、地域創造の事例を少しご紹介させていただきますが、様々な現場での経験の中で私が大切にしてきたことを、人材育成プログラムにどのように活かしていくかという視点からお話をいたします。

2. データからわかる文化施設の労働環境

2014年度の地域創造の資料をもとに公立文化施設の運営体制からお話をさせていただきます。文化施設の約70%が行政あるいは行政組織に近い運営体制にあります。こうした状況において、現場の労働環境がどうなっているかを見ていきます。公立文化施設協会の2016年度の調査によりますと、全国の公立文化施設の事業担当職員は、無期正規と有期非正規の割合はほぼ半々です。一般公務員の場合は、5人に1人が非正規職員ですから、公立文化施設の現場の異常性がわかります。
さらにNPO法人Explatの調査によると、公的財団で働く有期非正規が50%を超えていて、20代ではなんと70%を超えています。さらに同調査によると、公的財団あるいは民間組織で働いている人の半数は、3年以内に職務先を変えたいと考えているという結果が出ています。

3. 文化セクターを越境する

このように、文化セクターの労働環境は是正されなければならない状況にあることは明らかです。とはいえ、すぐにこの労働環境を変えることは難しいのですから、現状の流動的な状態に適用させていく視点が文化セクターの人材育成には求められています。つまり転々としている人材が有益に活用される視点が求められているのです。それは文化セクターを様々立場から多角的に見る視点と、文化セクターを社会全体の中で位置づけしていくような俯瞰する視点です。これらは芸術文化の公益性、公共性を説明するにも必要になってきます。
例えば、ホールで働いていた人が、アーツカウンシルで働くことになる、あるいはまったく関係のない民間の企業で働く、あるいは、役所に戻り産業振興で働く、福祉畑で働くということがあるわけです。文化セクターの外側でも活かせる芸術文化の多様性や発想、視点は、ホールにずっといる正規職員にとっても、芸術文化の公益性、公共性を身に付けていくうえで必要になってきます。

4. 人材育成プログラムを作る上での2つのポイント

ひとつは、代替可能な人材育成に重点を置かないことです。つまり、非正規の有期雇用者であるとか、役所から出向してきた人たちが、数年間自主事業を回すためのハウツーといったことは、人材育成プログラムの中には入れないということです。もうひとつは文化芸術の領域の中だけで活躍する人材を育成しないということです。現場の目の前にいる職員を人材育成の対象として想定するのではなくて、職員がその職場を離れた時、まったく別の領域、職場に移ることをイメージすると、結果的に人材育成プログラムには公共的かつ多角的な視点が加わってくることになります。

5. 事例

「地域創造文化政策幹部セミナー&ステージラボ ホールマネージャーコース」の事例をご紹介したいと思います。一つ目の事例は、東京の西にある小金井市を拠点に活動しているNPO法人アートフル・アクションの拠点で、研修プログラムを行った事例です。プログラムの目的は、地域住民とアーティストが共同するプロジェクトを通して、地域の価値を捉え直す実践を知ろうというところにありました。ここでは、序列をつくらないという組織マネジメントの話をしました。これはホールで働く人たちにとっては、ボランティアのコーディネートなどにも置き換えて考える機会になったようです。
二つ目は、那覇の若狭公民館での事例です。ここでは、公共施設の中間支援という機能を考えることをテーマにしてプログラムを組みました。内容は、マイノリティーへの支援、すなわち公共的なアプローチが届いていない人たちに対して、どのように支援をしていけばよいのかという問題提起を基にグループディスカッションをしました。
このように、公共ホール等の現場にとって具体的すぎる参考事例や方法論ではなく、一度自分のなかに落とし込んで変換する作業が必要な事例や考え方を学ぶことによって、芸術文化と社会の関係を相対化するきっかけづくりを目指しています。

6. 最後に

労働環境が変わらなければ、芸術文化の持続的な発展はないというのが私の基本的な考え方です。では、労働環境を変えるためにはどうすればよいか? 制度、政策によって変えていくためには、まずは、文化セクターの専門的人材を社会が要請するような状況でないといけない。では社会が文化セクターの専門的人材を求める状況とはどういうことか? それは、芸術文化の公益性を活用する職業人が、文化セクターの内側だけでなく越境しながら、境界線上や外側に存在して、さまざまな分野で活躍している状況のことです。つまり、文化セクターの範疇を超えた人材が増えていくことが、芸術文化が社会に定着する条件にもなると考えています。
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