Archive北九州会場 講師レクチャー:中川 幾郎

自治体文化政策とは

中川 幾郎帝塚山大学 名誉教授

博士(国際公共政策)。著書「地域自治のしくみと実践」「分権時代の自治体文化政策」など。自治体学会顧問、日本文化政策学会顧問、日本コミュニティ政策学会副会長、大阪府人事委員のほか、大阪府、滋賀県、奈良県、三重県、堺市、奈良市、四日市市、東大阪市、河内長野市、神戸市、西宮市、近江八幡市、草津市、高浜市などの文化審議会等委員や参画協働審議会委員、総合計画審議会委員などを務める。

1. はじめに

新潟市、横浜市いずれも政令指定都市ですが、残念なことに文化条例のない自治体です。なので、どういうことが起こるかというと、財団もしくは文化ホールの政策を立案する、あるいは事業を具体的に構築するという直接的な圧力が強くかかるということです。その中で、この2つの自治体と財団のホールは健闘しているなと思います。

2. 法定受託事務と自治事務

地方公共団体にとっての文化政策は自治事務です。2000年4月の地方自治法大改正に伴い、国・県の代わりに行う市町村の業務は法定受託事務、つまり委託・受託の事務に変わりました。一方、自主的かつ主体的な自己責任で行うのが自治事務です。文化政策は法定外自治事務に該当し、法の定めがありません。だからどの自治体も個性的、かつ主体的に行うことができるのです。そこには全国共通のルールがあるわけではなく、その地方公共団体の自己責任で決めればよいことですが、それを条例で担保しなければ、継続的な文化政策は実現しません。
ともすれば政争の道具になりやすい文化政策を安定的に、市民の共通財産(コモンズ)に仕立てあげていくことは大変重要な課題ですが、現在47ある都道府県の内、条例を持っているのは27都道府県のみです。政令指定都市においては18都市ある中で5市のみ、中核市が42ある内の11市しか条例を持っていません。

3. 中長期的計画

自治体の文化政策は、この条例に基づく中期長期的な基本計画を作らねばなりません。一方で、一定の拘束力を持った「総合計画」を作るというのが、私の自治体に対する改革の第一姿勢です。とともに、文化の条項を受けた中期計画としての「文化基本計画」を作れ、というのが私の言い方です。他にも、その計画を作ったり条例を守っているか、を審議するための審議会がないと結果的に経済や政治の風圧に負けてしまう。そのため、文化条例・文化振興計画・審議会の3点セットで持つことを皆さんにお勧めしています。

4. 市民文化政策と都市文化政策

自治体の文化政策は、市民一人一人の文化的人権を保障する政策と、都市のアイデンティティーを発信していくという意味でのアートを活用する政策との2通りに分かれます。私は、これを「市民文化政策」と「都市文化政策」というように分けました。なぜ分けたかというと、その方向性が全く違うことを理解して欲しいからです。にもかかわらず、一つの文化振興課あるいは文化政策課という部署がこの二つを担当させられた時に、大混乱が起こってしまう。
市民文化政策は、市民一人一人の文化的人権保障の政策です。0歳から100歳まで、男性も女性も、障害のある人もない人も、内国人も外国人も様々な可能性があらゆる芸術・文化分野にあります。それを丸い分野として描いてみて、どこかに供給が欠けていないかチェックをして欲しい。逆に、どのような階層が過剰供給になっているかもチェックしてみてください。
公共の文化政策、公共ホールのやるべきことは、まずは公平かつ平等な人権保障だと思います。都市や地域の情報発信、アイデンティティー形成や産業振興に行く前に、市民、県民の文化基盤を作らない限り支持してくれる市民層は生まれません。したがって、まずは市民文化政策をきっちりと行う。この分野は赤字が出て当たり前です。
その地盤が出来たうえで、都市の文化政策を行いますが、これは公平・平等では絶対にできません。ある意味これは実験であり挑戦であり、起業でもあります。片一方は公平平等、片一方は選択集中と論理が違います。

5. 公共施設の意義

図書館、博物館、美術館、文化ホールは一体どういう存在なんだと考えた時、私はその町の生き死にのためにその施設はあると思います。であるならば、図書館は市民の生活を支えるための学習研究応援施設。公民館は本当の意味で市民が成長していくための鍛錬施設。博物館、美術館はその町が誇りとする資産、歴史を活用し、新しくその町に来る人、その町で生まれてきた人たちに伝えていくための宝物を渡していく施設です。劇場・音楽堂は、人々の心に灯をともすだけではなく、生きる勇気も渡してく教育機関、福祉・医療機関であると思っています。コミュニティ再生のための治療機関でもあります。
新たに改正された文化芸術基本法の中にも、この法律が0歳から100歳まで、遠隔地の人も中心地の人も差別なく、そしてありとあらゆるアートが皆に等しく享受できるような文化的人権保障のための法だということが言われています。

6. 公共施設と専門職

もう一つ申し上げたいのは、劇場・音楽堂の法律ができた時に、社会教育施設に格上げすべきという議論がありました。社会教育3施設というのは、図書館、博物館、公民館ですが、3施設とも専門職が配置されなければ認められません。劇場・音楽堂にもそうした専門職が必要なのでは、という議論があったのですが、これは少し先送りになっています。代わりに、地方交付税交付金以外に、劇場・音楽堂活性化事業 活動別支援事業という国の助成があります。この助成金の申請書類にどういう専門職を配置していますかを書かせたりすることでプライオリティをあげています。

7. 自治体文化財団の意義

文化芸術基本法と劇場、音楽堂等の活性化に関する法律の考え方の中に、人権という思想が濃厚に入ったことについてどう理解しているか?ということを聞きたいです。各施設に置かれているミッションは違うはずです。立地条件や抱えている課題、地域的特性と関係のないホールやミッションはありえません。とすると、現状をどれだけ認識しているかというリサーチ能力が必要になります。そういう意味で、地元設立の文化振興事業団、財団は大変貴重な財産ですよと言いたいです。参考までに言いますと、文化庁は全都道府県にアーツカウンシルを作る、ということを進めています。このアーツカウンシルを作るときに、地元の文化振興事業団そのものがアーツカウンシルになってくれたら話が早いんです。ところがなかなかなれないのは、事業立案能力、調査能力、政策構築能力がすべて奪い取られてしまっている財団が多すぎるからです。それに対して、新潟市の財団、横浜市の事例はまさにアーツカウンシルとして自立できる能力を持っている優れた財団であり、これを全国自治体設置財団の一般理論として聞くのは少しばかり早計であると私は思うので、今回は条例がないにも関わらず検討している優秀な財団の事例としてお聞きいただければと思います。
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