Case Study事例集

特色ある事業

70年の歴史をもつ移動音楽教室

公益財団法人 群馬交響楽団
1945年高崎市民オーケストラとして発足、47年にプロ化。本拠地高崎市での年10回の定期演奏会や東毛定期演奏会、東京公演の他、教育事業や依頼公演等で幅広く活動する。2015年度実績の収入構成は、地方自治体(群馬県、高崎市、11市、他)からの補助金が40%強、文化庁・芸術文化振興基金が10%、演奏収入が40%弱、民間寄付金が10%弱となっている。
映画「ここに泉あり」でも知られる、群馬交響楽団の教育事業「移動音楽教室」は、1947年に安中市の小学校で開催されて以来70年の歴史をもつ。小中学生のための「移動音楽教室」とその続編の「高校音楽教室」により、児童・生徒が12年間で3年に1回、群馬交響楽団のオーケストラ演奏を聴くという群馬県独自のシステムを展開し、2016年度までに県下延べで630万人余りの小中学生と、70万人余りの高校生が鑑賞している。
本事業は、群馬県教育委員会の主導により音楽授業の一環で行われている。「移動音楽教室」は県、県教育委員会、市町村教育委員会、楽団の主催、「高校音楽教室」は県、県教育委員会、楽団の主催である。また事業全体の収入のうち、2016年度は「移動音楽教室」における県の負担は約40%、市町村の負担は約25%を占め、また「高校音楽教室」における県の負担は約45%となっている。この他の収入源は、学校側からの鑑賞料金と芸術文化振興基金の助成金等である。県と市町村の負担金は、楽団にとって安定した収入源となっているものの、本事業の公演準備に関わる楽団員・事務局職員の人件費までは賄えておらず、楽団の経営を考える上での課題となっている。
群馬県独自のシステムとして本事業が整備されたのは、1982年のことである。数校をその町の文化会館のホールに集めて行う「ホール音教」の採用や、「高校音楽教室」の制度化がなされ、小中学生から高校生までを視野に入れた独自の教育事業のシステムが確立する。ここには、それまで高崎の財界人や高崎市長が務めてきた楽団の理事長に、群馬県知事が1981年に就任した背景がある。楽団の経営再建と支持層の拡大のために、県体制での支援が確立された楽団の転換期があり、賛助会員制度や高崎市以外での県内自主演奏会もこの頃にスタートしている。
「移動音楽教室」と「高校音楽教室」は、現在も児童・生徒の情操教育に寄与することを目的に行われ、楽団の活動の大きな柱の一つである。2016年度のこれらの鑑賞者は合計335校55,621名となっている。「移動音楽教室」と「高校音楽教室」が象徴する楽団の活動は、地方文化の根底を支えるものとして捉えられ、群馬県民に認知されている。近年では2012年度から県の委託事業により、保育園・幼稚園に楽員がアンサンブル編成で出かける「幼児移動音楽教室」を開始し、教育事業のパイオニアとして更に幅広い活動に取り組んでいる。
Point
  • 群馬交響楽団は県、県教育委員会の主導により、小中高の12年間で3年毎に1回、群馬交響楽団のオーケストラ演奏を聴くという、独自の教育事業のシステムを展開している。