オペラのお仕事 「コレペティトゥア」 とは?

【ふじやまのぼる先生のオペラ講座(29)】
コレペティトゥアのレッスンのイラスト
コレペティトゥアって聞いてことありますか?これはフランス語(corépétiteur)が語源で、オペラの普及とともに使われ始めました。なかなか適切な日本語が見当たらないため、「コレペティトゥア」と訳さずに使われています。ドイツ語(Korrepetitor)の発音に従って、「コレペティートル」や「コレペティートア」とか言われることもあります。通称「コレペティ」。ちなみにイタリア語ではMaestro collaboratoreと呼ばれます。「コラボするマエストロ」といったところでしょうか。
「コレペティトゥア」の主な仕事は、オペラ歌手にピアノを弾きながら音楽稽古をつけること。「伴奏ピアニスト」?それは違うのです。
コレペティトゥアはれっきとした指導者としての地位があります。ただ、歌の伴奏をするのとは違います。詳しくはこの動画をご覧ください。

見てみよう

【ふじのくにオペラweek】コレペティトゥアのレッスン&インタビュー
 出演:岩渕慶子さん(コレペティトゥア)
    斉藤真歩さん(ソプラノ)
    高橋洋介さん(バリトン)

主な仕事


 
楽譜のイラスト
(1) 歌手の伴奏
オペラの多くは、オーケストラを伴って上演されます。楽譜もオーケストラの編成で書かれ、出版されます。しかし歌手は、オーケストラ用の楽譜を使って歌の練習をすることは稀です。オペラ歌手は、ピアノ伴奏に編曲された楽譜を使って練習します。このようなピアノ伴奏の楽譜を「ヴォーカルスコア」と呼んでいます。この楽譜を使って、伴奏をするのです。
 しかし、ブログ記事「椿姫」Vol.1の回でもお話ししましたが、ときどきこの「ヴォーカルスコア」に不備があるのです。このような点を指摘したり、上演史の上で、作曲家がオペラの稽古中に楽譜に記さなかった変更点や、ルイージ・リッチ(1893–1981)に代表されるように歌手が伝統的に紡いできたバリエーションや演奏解釈について指導したりするのもコレペティの仕事です。
(2) 言語指導
ただ、ピアノが弾ければコレペティになれるわけではありません。言葉もできないといけないのです。オペラはイタリア語ドイツ語など、外国語で書かれていることが多いです。よほどの人でない限り、何か国語も自由に話すことができる人はいません。そこで、発音アクセントなど、わからなかったり自信がなかったりする歌手は、コレペティに言語指導をお願いするのです。オペラではないですが、ウィーンの作曲家シューベルトの歌曲を、ベルリンのドイツ語で歌うと、ちょっとおかしなことになります。このようなちょっとした違いを指摘できるのが、コレペティなのです。
岩渕先生はこうおっしゃいます。
「オペラの台本は、韻文の連続であることから、韻律的な解釈コミュニケーションとしての語学力はもちろんですが、聴衆が歌詞を聴きとれることがオペラでは非常に重要であるため、歌唱時の舞台発語法の知識も持ち合わせていなくてはなりません。ひとくちにイタリア語と言っても、ヴェネト方言(ヴェネツィア周辺)やナポリ方言で書かれた作品も有り、稽古場では非常に幅広くかつ専門的な知識がコレペティに求められます。また、実際のオペラ公演では、歌手は全てを譜面上書かれている通りに歌うわけではなく、慣習的に音符と言葉の組み合わせを変えたり、言葉を削除して感嘆詞『Ah, si!!』に置き換えたりするなど、伝統芸能であるが故、口頭伝承で受け継がれてきた発語解釈が稽古場では重要視される傾向が強く、そういった側面からの言語指導も重要な使命となります。」
(3) 表現指導
人と話をするときに、感情をこめずに一気に話すよりは、緩急をつけて強弱をつけて、時には間を開けたり早口になったりしたほうが、相手に伝わりますね。舞台上での表現は、日常会話よりももっと大げさにしないと、大きなホールで観客に届きません。このような、表現の工夫をアドバイスすることもあります。
岩渕先生はこう言っています。
「オペラには筋書きがあり、歌手は舞台の上で、演じ歌います。時には踊り殺陣を求められることもあり、特に現代の歌手には音楽的な表現力に加え、高度な演技力が求められます。オペラの音楽的な指示は、皆さんがご存知の楽譜の記譜法によって成されていますが、歌手の表現力と演技力を結び付ける意味でも、楽譜を器楽的な見地からだけではなく、声楽的また演劇的な側面から解釈したり、作曲家がオーケストラで表現したかった演出的な側面を歌手と一緒に想像力を働かせて捉えるよう促すような工夫をしたりしています。」
(4) リハーサル
歌手1人1人の練習が済んで、皆で合わせる段になった時、いきなりオーケストラと合わせて練習することはありません。まずは、ピアノ伴奏で全体を合わせます。この時ピアノを担当するのもコレペティの大きな仕事です。先ほどの「ヴォーカルスコア」を使い、全体を仕上げます。このようなピアノ伴奏で行われるリハーサルのことを、「ピアノプローベ」と呼びます。これは日本だけの呼び名です。プローベ(Probe)とはドイツ語で、リハーサルのこと。本来のドイツ語では、クラヴィーアプローベ(Klavierprobe)といいます。クラヴィーア=ピアノ。稽古場での演出稽古を終え、劇場のオケピにピアノを設置してのリハーサルが行われます。
  オーケストラとのリハーサルでも、コレペティは活躍します。リハーサル中の指揮者の指示を書き記したり、歌手とオーケストラとのバランスを確認したりします。歌手によっては劇場の中で自分の声がどう聞こえるか、どう響くかをコレペティにチェックしてもらいます。また、リハーサル後にコレペティを捕まえて、指導を仰ぐ歌手もいるようです。
チェンバロのイラスト
(5) ピアノなど鍵盤楽器の演奏
ピアノ伴奏の公演でない限り、本番のオペラ公演にコレペティの出番はありません。しかし、オーケストラの編成の中にピアノチェレスタ(鍵盤を押すと、鉄琴の音がする楽器)がある場合は、オーケストラに交じって、オケピに登場します。また、レチタティーヴォ・セッコのあるオペラの場合、チェンバロなどを担当することもあります。
(6) その他
裏方の仕事を行ったり、歌手に頼まれて客席にいてチェックしたり。同じオペラでも、指揮者によって解釈が全然違うので、本公演をしっかり聴くのもコレペティの大事な勉強です。オペラ公演を行う国によって、派生していく仕事の内容に多少の違いはありますが、コレペティトゥアは公演での字幕キュー(字幕の合図出し)、照明キュー(照明の合図出し)、プロンプター、場合によってはバンダ(オケピではなく、舞台裏や客席内に配置された楽器群)の指揮などが任せられる場合もあります。

豆知識「コレペティトゥア出身の大指揮者」

かつて、一時代を築いた大指揮者である、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)やヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989)などは、コレペティトゥアからのたたき上げでした。また今を時めく大指揮者クリスティアン・ティーレマンもそうです。しかし、最近の若い指揮者は、コンクールの入賞者が多く、オペラよりもコンサートの方にベクトルを向けて活躍する方が多いです。どちらが良いとは一概には言えませんが、「オペラは振れません」では、活躍の場は狭くなるのも事実です。