~今月の作曲家~「シュレーカー」(2022年3月)

【ふじやまのぼる先生の作曲家紹介(3)】

シュレーカー

Schreker 1912
フランツ・シュレーカー
(1878.3.23-1934.3.21)
Public domain, via Wikimedia Commons
フランツ・アウグスト・ユリウス・シュレーカー(Franz August Julius Schreker)は1878年3月23日モナコで生まれた、現在でいうオーストリアの作曲家です。父イサークは、ボヘミア生まれのユダヤ人で、宮廷写真家でした。母エレオノーレはカトリックの貴族でした。イサークは1876年の結婚を機にプロテスタントに改宗し、名前をイグナーツに改めます。そして、スタジオをブダペストからモナコに移しました。そこで生まれたのがフランツです。フランツは5人きょうだいの2番目でした。
その後家族は、きょうだいを増やしながらヨーロッパを転々としますが、1888年イグナーツが結核で亡くなったのをきっかけに、一家はウィーンへと移住します。翌年からピアノや和声学などの音楽の勉強を始め、1892年からはウィーン音楽院に学びます。始めヴァイオリンを専攻し学位を取りますが、その後作曲に転向、ロベルト・フックス(1847-1927)に師事します。この間ウィーンのデープリング地区にオーケストラや合唱からなる「楽友協会」を組織し指揮者を務めます。その当時の作品「ラヴ・ソング」は、ブダペスト歌劇場管弦楽団により1896年にロンドンで初演されています。フックス門下では管弦楽曲から宗教曲まで手掛け、1900年に作曲の学位を取り、作曲家として歩み始めます。
シュレーカーの卒業作品であった「詩篇116番」は、指揮者フェルディナント・レーヴェ(1865-1925)の目に留まり再演、「最初の大きな成功」と本人のメモに残っています。その後レーヴェの手により「弦楽のための間奏曲」が初演され、この曲に対しては、新音楽新聞(Neue musikalische Press)から1等賞を与えられています。そして1903年、ついに序曲「エッケハルト」が、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団により初演されます。これで、押しも押されもせぬ作曲家となりました。
シュレーカーは、ヴァイオリンやピアノの曲も手掛けていますが、何といっても声楽管弦楽の作品が中心の作曲家でした。そして、この時代、つまり20世紀最初の30年間で、リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)とシュレーカーは、オペラ作曲家の二大巨頭と言えましょう。
オペラ第1作「炎」は、この頃手掛けられ、ピアノ伴奏の形ではありますが1902年に初演されています。生涯に9種類のオペラを残しています。そのうちの1つは、いくつかのパターンが存在し、10作目は未完に終わりました。
「炎」のみ、当時恋愛関係にあったドラ・レーン(1880-1942 [本名ドラ・ポッラク])の詩に作曲していますが、その後のオペラでは、自ら作詞も手掛けています。順を追ってみましょう。
シュレーカー作曲オペラ一覧
オペラ一覧
2作目から5作目まで、作曲家としての名声は上がる一方でした。彼自身の手による台本に難癖をつける学者もいますが、幅広い聴衆には相応のものだと先生は思います。また、一部の聴衆を魅了する「エロティック」な描写があり、それが人気に拍車をかけたともいえましょう。
1912年から、ウィーン音楽アカデミー(Wiener Musikakademie)で作曲を教えるようになります。1920年には活動の拠点をウィーンからベルリンに移し、ベルリン高等音楽院(Berliner Musikhochschule)の院長に迎えられます。両都市で多くの弟子に教え、優れた教師としても知られていました。
しかし、1924年に初演された第6作「よこしまな炎」では賛否が分かれ、それまでのオペラのような評判を得ることができませんでした。また1920年代後半の世界恐慌も、ドイツのオペラ界に暗雲をもたらせます。そのころ台頭してきた「ナチス」の影響も増していきました。「歌う悪魔」でも評判は取れず、1932年に行われた「ヘントの鍛冶屋」初演は、右翼のデモにより妨害されます。これは、反ユダヤ主義に基づくナチスの扇動があったと、彼の娘は言います。シュレーカーは半ユダヤ人でした。観客には好評でしたが、5回しか公演できませんでした。
ナチスからの圧力もあり、恐れを抱いたシュレーカーは、同年フライブルクで予定されていた「クリストフォルス」初演を自ら取り下げます(「クリストフォルス」初演が1978年になっているのはそのためです)。これは、シュレーカーがユダヤ人だったことが大きく影響しています。うつ病自信喪失状態になったシュレーカーは、公職を辞任します。遅かれ早かれ、ナチスにより、追われる結果となったでしょう。失意のうちに脳卒中を患い、1934年3月21日、56歳の誕生日目前にベルリンで亡くなりました。彼の死やナチスの台頭により、彼のオペラが上演されることが途絶え、再び取り上げられるのは、1970年代以降まで待つことになります。

シュレーカーのオペラ

シュレーカーのオペラから、3つだけご紹介します。

(1) 遥かなる響き(Der ferne Klang)

この作品は、日本で唯一全曲上演されたオペラです。2000年に演奏会形式でしたが、画期的な出来事でした。
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1900年前後のドイツとヴェネツィア
第1幕
若き作曲家フリッツが、恋人グレーテを残し、自分の芸術作品を満たすべき「遥かなる響き」を異国の地に求める。グレーテの父親は娘を賭けた賭けに負け、飲み友達が娘を奪いにやってくる。グレーテは、隙を見て逃げ出す。森の中で最初は湖へ身投げを考えていたグレーテだが、月夜の風景に思いを馳せるうちに、生きる意欲が湧いてくる。
第2幕
数年後、有名な娼婦となったグレーテは、ヴェネツィア沖の島で求婚者たちと豪華なパーティーを催す。伯爵はグレーテに夢中だが、彼女は伯爵がフリッツに似すぎているとして拒絶し、気晴らしに歌合戦を企画する。最も美しい歌を披露した人は、彼女と一夜を共にできる。終了間際にフリッツが現れる。彼はグレーテに気付き、愛を歌い、勝者となる。しかし、かつての最愛の人の現状を知り嫌悪感を抱いて彼女から目を離す。グレーテは絶望し、伯爵に身を捧げる。
第3幕
フリッツのオペラ「ハープ」は初演で失敗。観客の中には、街娼となったグレーテもいる。フリッツは、グレーテを拒絶するべきではなかったと気付くが遅すぎた。フリッツはグレーテの腕の中で静かに息を引き取る。
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参考CD
フリッツ:トーマス・モーザー
グレーテ:ガブリエーレ・シュナウト
指揮:ゲルト・アルブレヒト 他 (1990年録音)
ゲルト・アルブレヒト(1935-2014)は、ドイツの指揮者です。1998年から2007年まで読売日本交響楽団(通称読響)の常任指揮者を務めていたので、その実演に接した方も多いでしょう。劇場での指揮活動が長く、マインツリューベックハンブルクの劇場の音楽監督を務めました。読響でも多くの珍しいオペラ作品を取り上げており、先生もよく聴きに行ったものです。これはベルリン放送交響楽団との録音ですが、立体的に作品を構成し、まとめ上げる腕には目を見張るものがあります。
Der ferne Klang

(2) 烙印を押された人々(Die Gezeichneten)

この作品は、日本で唯一日本版のCDが発売されたことのあるオペラです。
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舞台は16世紀のジェノヴァ。
第1幕
若き貴族アルヴィアーノ・サルヴァーゴは、生まれつきの障害のために女性との愛を断ち切っていた。芸術を愛する彼は、「エリジウム」という人工島を作らせ理想郷としたが、自分はその見た目からエリジウムに近付かない。それに目を付けた彼の友人タマーレ伯爵は、貴族たちと拉致した少女たちと乱交を行い、その後殺害していた。少女たちの度重なる失踪に、ジェノヴァは恐怖に怯える。アルヴィアーノは、理想郷を荒らされるのを止めようと、貴族たちこの島を市に寄贈することを告げる。
貴族たちは、自分たちの所業が暴露されることを恐れる。しかしタマーレ伯爵は、すれ違いざま見知らぬ美しい女性に一目ぼれしたことを語る。
タマーレ伯爵は、祝宴に訪れた市長の娘カルロッタこそ、自分が恋した女性と気付く。しかし彼女は彼を拒絶する。
カルロッタは、サルヴァーゴにモデルを依頼する。からかわれていると怒ったアルヴィアーノだが、カルロッタと話をするうちに、モデルとなることを承諾する。
第2幕
タマーレ伯爵から、カルロッタとの仲を取り持つように依頼されたアドルノ公爵は、エリジウムの実態を聴かされる。
カルロッタのアトリエ。カルロッタは、アルヴィアーノへ官能的な愛の言葉を囁きながら絵を完成させる。カルロッタの愛の発露にもかかわらずアルヴィアーノはそれに応えることができない。
第3幕
ジェノヴァの市民がエリジウムに招かれ、その美しさに感嘆する。
アドルノ公爵がカルロッタと現れ、タマーレ伯爵との仲を取り持とうとする。カルロッタは以前彼を拒絶したが、肖像が完成してしまったので、アルヴィアーノへの興味が薄れたと告白し、去っていく。
人々がアルヴィアーノを称えるまさにその時、警察隊長が、少女誘拐はアルヴィアーノの仕業だと告発する。市民たちはそのことを信じず、混乱に陥る。アルヴィアーノは地下洞へと急ぎ、皆も付き従う。
地下の洞窟には乱交の跡と、ベッドに横たわっているカルロッタの姿が。その傍らにはタマーレ伯爵が、勝ち誇ったようにアルヴィアーノを嘲笑する。アルヴィアーノは激昂して彼を刺し殺す。目覚めたカルロッタは、最後の息でタマーレ伯爵の名を呼び死ぬ。とうとうアルヴィアーノは発狂し、呆然とする人々の間を去っていく。
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参考CD
アルヴィアーノ:ハインツ・クルーゼ
カルロッタ:エリザベス・コンネル
指揮:ローター・ツァグロセーク 他 (1993、1994年録音)
ローター・ツァグロセークは、幼き日レーゲンスブルク大聖堂少年聖歌隊(Regensburger Domspatzen)に属しており、ザルツブルク音楽祭「魔笛」公演で、童子の1人を歌っています。先生が大好きな、本当に素晴らしい指揮者です。アルブレヒトも劇場の人でしたが、ツァグロセークも劇場の人。パリやライプツィヒの劇場で活躍後、シュトゥットガルト州立歌劇場の音楽総監督になりました。先生は彼の指揮するオペラを聴きたくて、何度かシュトゥットガルトに通ったものです。
第2次世界大戦中のドイツでは、ユダヤ人の作品やナチスの政策に沿わない作品を「退廃音楽」と決めつけ、演奏禁止としていました。このような虐げられた音楽を集め、シリーズ化して発売されたCDが「退廃音楽」シリーズで、これもその一作。こういった作品を演奏するのがツァグロセークはとても上手です。歌手陣も高水準。後世に残すべきCDです。
ルルCD1
2002年の年末から2003年の年始にかけて、先生はヨーロッパに行きました。そう、シュレーカーのオペラとツァグロセークの指揮を聴くために。これは、2002年12月28日シュトゥットガルト州立歌劇場における公演の配役表です。まあ、何と言っていいかわからないくらい素晴らしい公演で、その夜眠れなかったことを覚えています。舞台上のアルヴィアーノは、素っ裸にされて水の張った窪みにいたので、少しかわいそうでしたが、カルロッタとともに熱演でした。
烙印を押された人々(配役表)

(3) 宝探し人(Der Schatzgräber)

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プロローグ
王妃は、美と豊穣をもたらす宝石を盗まれ、病んでいる。そこで、王は道化に助けを求める。道化は、奇跡のリュートを使って隠された宝石を探し出すことができる宝探し人エリスの話をする。王は道化にエリスと宝石を探すよう命じ、その褒美として、道化自身が選んだ妻をめとる許可をもらうことになった。
第1幕
宿屋の娘エルスは、父親から、残忍だが金持ちの貴族と結婚するよう強要されるが、彼女には耐えられない。そこで彼女は、王妃の宝石を貴族に買ってこさせる。結婚式の前夜、宝石を買った帰りに貴族はエルスの従者アルビによって殺害される。居酒屋にはエルスの祝宴のために土地の名士をはじめ多くの客が招待されている。客の接待のためにエリスが現れる。彼の歌は全く受けないが、宝石の話になると、エルスだけは急に夢中になる。エルスエリスに恋をし、エリスは宝石をエルスに渡す。その時、貴族の殺人が発覚する。疑惑がかかるのを恐れ立ち去ろうとするエリスを押しとどめ、自分を守ってくれるように頼むエルスエルスに恋した廷吏は、エリスを貴族殺人の罪で逮捕させる。
第2幕
エリスは殺人罪で絞首刑と決まる。エルスは、道化に出会う。道化もエルスに恋してしまうが、エルスを救うと約束する。エリスは廷吏に導かれて絞首台へ向かう。エルスは彼に別れのキスをし、何とか時間を稼いでほしいと頼む。罪人の最後の願いが叶えられ、バラードを歌い始める。しかし、彼の歌はあまりに下手で挑発的なため、廷吏は処刑を急がせる。最後の瞬間、王の伝令が現れ、処刑を阻止する。エリスは、女王の宝石を見つけ出せば、自由を約束される。エルスはアルビに、宝石を見つけることができないように、エリスのリュートを奪うように命じる。
第3幕
エリスはリュートを失くしてしまったため、取り乱している。エルスは愛の夜に、宝石をつけてエリスの前に姿を現し、その身を捧げる。次の朝エルスは、宝石を女王に届けるようエリスに渡す。しかし、その出所を聞いてはならないと念を押し、自分を信頼するようにと言う。
第4幕
王妃が宝石と美しさを取り戻し、宮廷では盛大な祝宴が開かれる。エリスはその功績により、ナイトの称号を得る。宴の席で、リュートを持たずに宝石を見つけたかを尋ねられたエリスは、昔ばなしを仕立て上げ、適当にごまかそうとする。さらに、王妃の宝石を返せと要求する。そこに嫉妬に狂った廷臣が前に出て、アルビを逮捕したと報告し、エルスが宝石の盗難と婚約者殺害の黒幕であることを告白する。王はエルス処刑を命じるが、道化が王に、妻を与えるという約束を思い出させる。道化はエルスを妻として望む。エルスは処刑から救われる。しかし、彼らは宮廷から追放される。エルスエリスに自分の罪を許してくれるよう懇願するが、エリスは黙って背を向けて姿を消してしまう。
エピローグ
道化は孤独な山中でエルスと暮らしている。エルスには死期が迫っている。道化がエリスを呼び寄せる。エルスの死を和らげるために、エリスは最後のバラードを歌う。エルスエリスの腕の中で息を引き取る。
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余談
エリスエルス、もう、こんがらがって困りますね。
参考CD
エリス:ヨーゼフ・プロチュカ
エルス:ガブリエーレ・シュナウト
指揮:ゲルト・アルブレヒト 他 (1989年録音)
先生の直感なのであまり当てにはなりませんが、「烙印を押された人々」よりもコンパクトにまとめられているので、聴きやすいかもしれません。各幕30分前後10分ほどのプロローグとエピローグが付く感じです。このオペラの特徴として、随所にワーグナーの影響がみられ、「願わぬ結婚、押しとどめて身を守るように願う=ワルキューレ」や、「尋ねてはいけない=ローエングリン」があげられます。ガブリエーレ・シュナウトは、「遥かなる響き」に引き続きヒロインを歌っています。こういった芳醇な響きの曲を歌わせると、彼女の良さが一段と引き出されます。ここでも登場アルブレヒトです。ちょうど音楽監督をしていた時のハンブルク州立歌劇場での録音なので、思う存分音を鳴らしているのがよくわかります。このコンビでは、1996年に来日公演を行い、「タンホイザー」「コジ・ファン・トゥッテ」を披露しています。
宝探し人CD
2002年の末にシュトゥットガルトで「烙印を押された人々」を観た先生は、明けた2003年1月3日フランクフルト歌劇場で「宝探し人」を観ました。フランクフルトは、このオペラが初演された街。まさにその劇場での公演です。ホワイエでは、かなり詳細な「シュレーカー展」を行っていました。建物は近代化されていますが、とても良い雰囲気の馬蹄形の劇場です。なんと、一番前のまん真ん中。なんとも贅沢に鑑賞しました。舞台装置もカラフルで、目と耳を奪われているうちに終わってしまった気がします。現在フランクフルト歌劇場の音楽総監督は、読売日本交響楽団の常任指揮者を務めるセバスティアン・ヴァイグレです。2003年当時は別の人でしたが、意欲的な公演をする「生きのいい」劇場として頭角を現し始めていました。
宝探し人(配役表)