プッチーニ作曲「エドガール」 

【ふじやまのぼる先生のオペラ解説(18)】
東京二期会の「エドガール」に、第6回静岡国際オペラコンクール(平成23年開催)で第3位(1位なし)ならびにオーディエンス賞に輝いた髙橋絵理さんがフィデーリア役で出演します。今回は、「エドガール」についてご紹介しましょう。
プッチーニのイラスト
プッチーニ
ジャコモ・プッチーニ(1858-1924)は、言わずと知れたイタリアを代表するオペラ作曲家です。今日普通にオペラを上演している歌劇場で、「プッチーニを上演しない」というところは、ないでしょう。
しかし、プッチーニといえども、最初から大オペラ作曲家だったわけではなく、確固たる成功を勝ち取ったのは、オペラ第3作の「マノン・レスコー(1893年初演)」まで待たなければなりませんでした。
とはいえ、プッチーニ家は、イタリアのルッカで代々続く音楽一家。一族の多くは宗教音楽で身を立てていました。早くに父を亡くしたジャコモ少年は叔父に音楽の手ほどきを受け、教会オルガニストを務めましたが、ミラノに出てミラノ音楽院に学びます。当時は同じくオペラ作曲家となったピエトロ・マスカーニ(1863-1945)とルームシェアしていたといいます。

第1作「妖精ヴィッリ」

イタリアの新興楽譜出版社「ソンゾーニョ」社は、若手のオペラ作曲家を獲得すべく、第1回オペラ作曲コンクール(1883年)を企画します。プッチーニは、師匠のアミルカレ・ポンキエッリ(1834-1886)の推薦もあり、フェルディナンド・フォンターナ(1850-1919)の台本に作曲し、応募したオペラが「妖精ヴィッリ」でした。
しかし、選考されることはありませんでした。その理由は、締め切りに間に合わなかったとも、浄書する時間がなかったので楽譜が汚すぎて判読できなかったからともいわれています。
ところが、ある時プッチーニの演奏する「妖精ヴィッリ」の楽想を聴いたアッリーゴ・ボーイト(1842-1918)は感動し、全曲初演に尽力。1884年5月31日に、ミラノのテアトロ・ダル・ヴェルメで初演される運びとなりました(ボーイトは、ヴェルディ「オテロ」「ファルスタッフ」の台本作家として有名です)。
初演は好評をもって迎えられます。プッチーニは、「ソンゾーニョ」とライバル関係にある老舗楽譜出版社「リコルディ」社と契約を結び、「妖精ヴィッリ」は楽譜という形でも世に出ました。奇しくも「ソンゾーニョ」は、金の卵を産む鳥を手放してしまうことになりました。

第2作「エドガール」

気をよくしたリコルディ社は、「妖精ヴィッリ」初演の8日後には、次作をプッチーニに求めます。そこで創作されたのが「エドガール」。このオペラは、フランスの作家アルフレッド・ド・ミュッセ(1810-1857)の「杯と唇」を原作とし、再びフェルディナンド・フォンターナの台本に作曲されました。
「エドガール」は、1889年4月21日にミラノ・スカラ座で初演されましたが、台本は酷評され、音楽もわずかな賞賛しか得られなかったといいます。リコルディ社は3回目の上演後、その後の公演を打ち切らせ、プッチーニとフォンターナに改訂を命じます。最初の改訂版は、1891年に生まれ故郷のルッカで上演され、まずまずの成功を収めます。しかしプッチーニは気に入らず、4幕仕立てを3幕仕立てにした新たな改訂版が1892年にフェッラーラで上演されました。プッチーニの改訂はその後も続き、第6作目である「蝶々夫人」初演の翌年の1905年に、現在上演される形に整えられ、ブエノスアイレスで上演されました。
現在でこそ、オペラの殿堂ミラノ・スカラ座は、プッチーニを十八番としていますが、スカラ座で初演されたプッチーニの作品は、この「エドガール」「蝶々夫人」も失敗の憂き目にあっています。プッチーニの死後にスカラ座で初演された「トゥーランドット」のみ、成功した作品でしょう。

エドガール

主な登場人物

登場人物一覧

登場人物相関図

登場人物相関図

あらすじ

14世紀初めのオランダ・フランドル地方
第1幕
朝。農夫たちの歌が聞こえ、フィデーリアが「おお、昼の花」を歌い現れる。のどかな田園風景。フィデーリアは居酒屋の前で寝ていたエドガールを見つけ、「アーモンドの木が」を歌い、アーモンドの花のついた小枝をエドガールに渡し、恥ずかしそうにその場を去る。
アーモンドの花のイラスト
そこにティグラーナが現れ、2人の子どものような恋心をバカにするので、怒ったエドガールは自分の家に逃げ去るように入る。一方フランクは、兄妹のように過ごしてきたティグラーナのことが好きなのだが、ティグラーナはフランクにあきあきしている。ティグラーナに恋しているフランクは、アリア「この愛は僕の恥」を歌い、それでも愛しているのだと辛い気持ちを吐露する。
教会から敬虔な祈りの歌が聞こえてくる。それをバカにするようにティグラーナが破廉恥な歌を歌うので村人たちは止めるように言うが、一向に言うことを聞かないティグラーナ。村人たちは怒りを爆発させ、一斉に彼女を村から追い出そうと追い詰める。
一方的な虐待に対しエドガールはティグラーナをかばい、自分の家に火を着け、ティグラーナと逃亡を図る。その前に立ちふさがったのはフランク。父グァルティエーロが止めるのも聞かず、2人は決闘となる。フランクは傷つき、村人から呪いの言葉を浴びせられつつ、エドガールはティグラーナと逃亡する。
第2幕
豪華な屋敷でのティグラーナとの愛の生活に、エドガールはあきあきしている。フィデーリアのことを思い起こし、アリア「快楽の宴よ」を歌う。エドガールの気持ちを察してか、ティグラーナは彼に捨てられまいとすがるが、かえって煩がられるばかり。そこに兵士たちが屋敷の近くを通っていくので、エドガールは兵士たちにワインを振舞おうと隊長を探す。するとその隊長はフランクだった。エドガールは、過去の過ちを謝罪し、フランクもそれを受け入れる。エドガールは皆と祖国のために戦いたいと願う。ティグラーナはエドガールを引き留めるが、彼の意志は固く、祖国への思いを新たにし出兵していく。
お城のイラスト
第3幕
エドガールは戦死し、彼の故郷に遺骸が運ばれ葬儀が行われている。フィデーリアはアリア「さようなら、私の甘い愛」を歌い、天国で待っていてほしいと嘆く。フランクがエドガールの武功を讃えるが、謎の修道士が現れ、エドガールの過去の過ちを暴露していく。参列者が修道士の暴露話に興奮し、遺骸を打ち捨てようとするので、フィデーリアは遺骸にすがり、アリア「あらゆる悲しみのうちで」を歌い、彼の罪は祖国に捧げた命により償われたと訴える。次第に落ち着きを取り戻した参列者にフランクは散会を告げ、皆去っていく。
そこにティグラーナが最後の祈りを捧げにやって来る。修道士とフランクは、ティグラーナに高価な宝石を見せて、「エドガールは金のために祖国を裏切った」と、うその証言をしたら宝石をあげようとそそのかす。ティグラーナは最初拒むが、宝石の誘惑には勝てず、証言することに同意。2人はラッパを吹かせ、兵士たちを呼び集める。集まった兵士たちにティグラーナは、エドガールの愛人だったと紹介し、祖国裏切りの証言をさせる。怒り狂う兵士たちがエドガールの遺骸を掴むが、手ごたえはない。その騒ぎにフィデーリアがグァルティエーロに伴われて現れる。その瞬間、修道士は「我こそはエドガール、生きていたのだ」と叫ぶ。フィデーリアは喜び、彼に駆け寄る。2人はこの地を去ろうとするが、怒りに燃えるティグラーナは、フィデーリアを短剣で突き刺し、フィデーリアは死ぬ。エドガールは泣きながら彼女の亡骸をかき抱く。

「エドガール」公演のご案内

東京二期会公演
日程:4月23日
場所:Bunkamuraオーチャードホール(東京都渋谷区)
※公演の詳細は東京二期会のHPを御覧ください。
http://www.nikikai.net/lineup/edgar2022/index.html
(ダブルキャストのため、日程にはご注意ください)

参考CD

有名ではない作品なので、音源もあまり多くはないですが、日本版のCDが発売されています。
エドガール:プラシド・ドミンゴ
指揮:アルベルト・ヴェロネージ 他 (2005年録音)
この録音時、ドミンゴは60歳を超えていました。往年の輝かしい高音はすっかり影をひそめてしまいましたが、それでもその表現力はピカ一!一聴の価値はあります。また、フランクのフアン・ポンスも、間もなく60歳でした。ポンスの歌うアリア「この愛は僕の恥」には、その哀愁がたっぷりと含まれています。
エドガールCD
初演の時の4幕版を復元した映像も販売されているようです。