【ふじやまのぼる先生のオペラ雑感(2)】
先生が観に行ったオペラの雑感を綴っています。
先生が観に行ったオペラの雑感を綴っています。
新国立劇場オペラ 2021/2022シーズン
リヒャルト・シュトラウス「ばらの騎士」
2022年4月3日(日曜日)14時開演
新国立劇場 オペラパレス
新国立劇場 オペラパレス
リヒャルト・シュトラウス(1864-1948)作曲の「ばらの騎士」は、1911年1月26日ドイツの古都ドレスデンで初演されました。よく言われることですが、このオペラはモーツァルトの「フィガロの結婚」を下敷きに作られたとのこと。確かに貴族社会の話で、宝塚的美少年が登場するし、彼が女装するという観点からは同じといえます。時の移ろいを嘆く女主人ということも同じでしょう。
「ばらの騎士」は、3幕のオペラで、上演時間は、4時間を超えます。その音楽は、これでもかと、芳醇なむせかえるような香りに包まれています。なかなか日本人がそれを表現することは難しい音楽ともいえます。
先生が「ばらの騎士」を初めて聴いたのは1994年、ウィーン国立歌劇場の来日公演の時でした。神のごときカルロス・クライバー(1930-2004)の指揮で、本当に感動し、言葉も出なかった記憶があります。当時皇太子だった今の天皇と雅子皇后がお出でになり、目の前をしずしずと入場していかれたことも良い思い出です。「すりこみ」現象をご存知でしょうか?先生にとっての「ばらの騎士」は、この公演がスタンダードとなっています。この時の来日公演では、「フィガロの結婚」「ボリス・ゴドゥノフ」「こうもり」を含む全4演目の上演があったのですが、「フィガロの結婚」の演出は、今回の「ばらの騎士」を演出したジョナサン・ミラー(1934-2019)でした。
この「ばらの騎士」は2006年初演のプロダクション。先生は初演時の公演も聴いています。先生の大好きなペーター・シュナイダーの職人的な手堅くも芳醇な演奏、カミッラ・ニールントの憂いを含んだ大人な元帥夫人、日本に居ながらにして、このような演奏が聴けるようになったと本当に感動したものです。その後2011年、2015年、2017年と再演され、今年2022年が5度目の上演でした。
今回の上演がそれまでと大きく異なっていた点があります。それは、「ウィズ・コロナ」という点です。今回再演演出をされていた、三浦安浩さんにお話を伺うことができました。三浦さんは、静岡国際オペラコンクールの審査委員を務められています。要点をまとめると以下のようになりました。
1 正対して歌ってはいけない。歌う場合は4メートル以上離れること。
2 誰か人が座った椅子には座れない。座る場合は拭く。
3 小道具の受け渡しは禁止。受け渡しする場合は手袋着用。 など
2 誰か人が座った椅子には座れない。座る場合は拭く。
3 小道具の受け渡しは禁止。受け渡しする場合は手袋着用。 など
これらの規制は、コロナ禍となり、発出されていた緊急事態宣言が明けたころに、恐る恐る公演を再開したとき決められたもので、その後の変更はあまりないとのこと。一方の観客については、当初、客席を市松模様に使用したり、定員の半数にしたりと、いろいろな規制がかけられましたが、今回の公演はそのような規制は全くなく、超満員の観客席。三浦さんもおっしゃっていましたが、舞台上の規制も、状況に応じて変化させるべきだと先生も思います。恋人たちが向かい合うこともなく、二人で前を向いて愛を歌うさまは、まさに奇異。もとに戻せとは言えませんが、状況に応じた臨機応変な対応がステージ上でも必要ではないでしょうか。
今回の上演は、年末からのオミクロン株の感染拡大により、海外からの渡航が事実上ストップした関係で、予定の外国人歌手の多くが来日できませんでした。そのため元帥夫人を除く出演者はすべて日本人。日本人だけでこれだけ高い水準の公演ができ、それを観ることのできる喜びを感じました。
アンネッテ・ダッシュさんは、初めて元帥夫人を演じたということでしたが、そんなことを感じさせることなく、歴代の元帥夫人に勝るとも劣ることのない素敵な初役を演じきっていました。
オックス男爵を演じた妻屋秀和さんは、ドイツ在住。ドイツ語はお手の物です。しかし「ばらの騎士」はウィーンのお話。ウィーン訛りが必要です。ウィーンにしばらくいた後ドイツに行って話をすると、「それはウィーン語だから、ドイツでは〇〇と言うんだよ」と教えてもらうことがあります。同じドイツ語でも随分な違いがあるんです。今回の上演で気付いた一例をお話ししますね。「手紙の返事」を意味する言葉に「Antwort」といものがあります。普通のドイツ語では「アントヴォルト」と発音するのですが、ウィーン訛りでは「アントヴォアト」となります。妻屋さんは、そういった細かい言葉の使い分けをしていて、本当にすごいと思いました。
指揮のサッシャ・ゲッツェルさんは、ウィーン出身の指揮者です。東京フィルハーモニーからウィーン風の音を出そうと一生懸命でしたが、なんとなく即興的な指揮のような気がして、違う日に聴いたら違う演奏になっているんじゃないかなと感じました。
その他、小さな役まで出演者が多いこの作品に多くの邦人歌手が参加していましたが、再演のためか、皆自家薬籠中の物として堂々と演じていたのが印象的でした。
おまけの雑感
多くの公演で、最近行われていると思うのですが、「ばらの騎士」の会場でも、混雑緩和のため、座っている場所ごとに退場する「分散退場」を行うアナウンスがありました。大変重要なことかとは思うのですが、多くの観客がアナウンスを無視し、勝手に退場していく現状があります。以前外国人から、「日本人は本当に礼儀正しく音楽に集中して鑑賞する」とほめられることがありました。しかし、「公演が終わると我先に帰っていく。そんなに忙しいのか?」とたずねられたこともありました。先生は苦笑いし、「予定がたくさん詰まっているのでしょう」としか答えられませんでした。こんな時期です。自分も他人も大切にできると良いですね。