ロッシーニ作曲「オテッロ」

【ふじやまのぼる先生のオペラ解説(27)】
オペラには、人気があって頻繁に上演される演目もあれば、初演されてからしばらくは人気があって上演されていたけれど、今は全く上演がないというものもあります。
Composer Rossini G 1865 by Carjat - Restoration
See file page for creator info.
ジョアキーノ・ロッシーニ
(1792-1868)
今回ご紹介するのは、どちらかと言うと後者の方。でもそんなオペラが来年二つのプロダクションで上演されます。そんな、半ば埋もれたオペラが同じ年に複数のプロダクションで上演されることはなかなかありません。以前ご紹介したコルンゴルト「死の都」。これは、2014年3月びわ湖ホール新国立劇場で、ほぼ同時に舞台上演されました。これに次ぐ僥倖ではないでしょうか。そのオペラとは、ロッシーニ「オテッロ」です。
オテッロヴェルディじゃないの?多くの人がそうおっしゃると思います。オテッロは、ヴェルディの最晩年の1887年に初演された最高傑作ですね。しかし、この作品が生み出される前、オテッロといえば、1816年初演の、ロッシーニの作品を指していました。

オテッロを比較してみよう

オテッロ対照表
※クリックすると拡大します
オテロ対照表
1600年代初頭に書かれたシェイクスピアの戯曲「オセロー」。実は、シェイクスピアのオリジナルではなく、別の話を底本にしているとのこと。どの世界にも、こんな悪人がいるものですね。オペラは、どちらもシェイクスピアの戯曲を元にしているのでそんなに違いがないと思いきや、微妙な違いがあるのです。
原作は5幕仕立てで、第1幕がヴェネツィア、第2~5幕がキプロスという設定ですが、ロッシーニはすべてヴェネツィア、ヴェルディはすべてキプロスにされています。
人物設定ですが、ロッシーニはまだ、親世代が出てきて、結婚に関する話が出てきますが、ヴェルディはばっさり切り捨てています。また、オセローの副官「キャシオー(カッシオ)」がロッシーニには登場しません。その代わり、「ロドリーゴ」にそのキャラクターは受け継がれています。反対に、ヴェルディの「ロデリーゴ」はあまり重視されていません。
ロッシーニのオテッロの最大の特徴は、オテッロ、イアーゴ、ロドリーゴの三人がすべてテノールと言うことです。「テノール」と一口に言っても様々で、最も高音で軽いのが「ロドリーゴ」。「オテッロ」はもう少し低音で響きが暗く、「イアーゴ」は、一番低い音域を担当します。
主役級が三人ともテノールというのは、当時のナポリのオペラ事情が絡んでいます。初演こそフォンド劇場でしたが、本来ならナポリの名門サン・カルロ劇場で初演されるべきオペラでした。と言うのも、この時サン・カルロ劇場は火災で焼失。フォンド劇場に仮住まいしていました。当時のサン・カルロ劇場は、ドミニコ・バルバイア(1778?-1841)が支配人を務め、イサベラ・コルブラン(1784-1845)、マヌエル・ガルシア(1775–1832)、アンドレア・ノッツァーリ(1776–1832)などがバルバイアの招きでナポリにいました。また、劇場のオーケストラも優秀で、そういった良い環境にいる聴衆の耳も当然肥えていきます。ロッシーニもバルバイアの招きでナポリを訪れ、1815年に初演された「エリザベッタ、イギリス女王」から、1822年に初演された「ゼルミーラ」までの10作のオペラをナポリの聴衆に提供しています。
そんなサン・カルロ劇場に所属の有名歌手たちでしたが、声種に少しばらつきがあり、優秀なテノールは多いけれどバスはなかなか少ない、そんな事情があったようです。そこで、この三人がテノールとなったようです。ちなみに、「オテッロ」の次にナポリで初演された「アルミーダ」には、とても珍しいテノールの三重唱があります。
当時のイタリアのオペラ事情として、「シリアスなオペラでも、ハッピーエンドで終わる」と言うのがありました。その結果、原作は悲劇的に終わる内容でも、オペラになると「めでたしめでたし」で終わるようなものが好まれていました。しかし、ナポリの観客はそんなことにはとらわれずに、原作のまま作曲ができたため、当然ながらロッシーニの「オテッロ」も最後オテッロの自刃で終わります。しかし、イタリアの他の街での上演には都合が悪い。そこで、最後をハッピーエンドに書き換えたバージョンも存在します。
あらすじを書いてみます。当時の文化人であった、サルツァ侯爵フランチェスコ・マリア・ベリオ(1765-1820)の台本はあまり評判がよくなく、イギリスの詩人バイロン卿(1788-1824)がこのオペラを鑑賞したとき、「音楽は立派、歌詞と台本は酷い、イアーゴの重要な場面はカットされた」と述べたとか。
-------------------------------

あらすじ

第1幕第1場 ヴェネツィア総督府の大広間
キプロスでのトルコ軍との戦いに勝利したオテッロが、ヴェネツィアに凱旋してくる。総督はオテッロに褒美として欲しいものをたずねる。オテッロはヴェネツィアの市民権を欲し、それは認められる。オテッロはカヴァティーナ「ああ、あなたがたへ」を歌い感謝を表す。デズデーモナを愛している総督の息子ロドリーゴは、オテッロの恋敵であり、彼に嫉妬している。そこにデズデーモナの父エルミーロが現れるので、デズデーモナの気持ちをきいてみるが、父親にも娘の心まではわからない様子。心配するロドリーゴの心に付け込んで、イアーゴ盗んだ手紙をロドリーゴに見せ、これでオテッロを出し抜けると持ち掛ける。二重唱「いや、恐れてはならぬ」
第1幕第2場 エルミーロ家の一室
密かにオテッロと結婚しているデズデーモナは、戦場にいるオテッロを心配し、父エルミーロがオテッロを嫌っていることを悲しんでいる。またオテッロ宛ての自分の髪を忍ばせた恋文がエルミーロに見つかり、宛名をまだ書いていなかったため「ロドリーゴに宛てたもの」と嘘をつき、それをエルミーロに取り上げられたことも心配の種。すべてを打ち明けたエミーリアに慰められる二重唱「お前の考えが」
そこにイアーゴが現れるので、彼を嫌っているデズデーモナは去る。昔愛していたが振られたデズデーモナに恨みを募らせ、オテッロ共々奸計で復讐するとつぶやく。続いてロドリーゴとエルミーロが現れ、ロドリーゴとデズデーモナを結婚させることを約束する。ロドリーゴは喜び退場する。入れ替わりにデズデーモナが登場、父から嬉しいことがあるので宴に参加するようにと告げられる。混乱するデズデーモナ。
Othello and Desdemona in Venice by Théodore Chassériau
Théodore Chassériau, Public domain, via Wikimedia Commons
オセロとデズデモーナ
第1幕第3場 エルミーロ家の大広間
華やかなの場。エルミーロは、デズデーモナとロドリーゴとの結婚を発表する。デズデーモナに同意を求めるが、困惑と悲しみに沈むデズデーモナ。三重唱「私に愛を語らせてほしい」。そこに思いがけずオテッロが現れ、自分はすでにデズデーモナと愛を誓いあっていると告げ、デズデーモナもそれを認める。エルミーロは激しく動揺し、デズデーモナを伴って出ていく。ロドリーゴとオテロは、激しく睨み合いながら幕となる。
第2幕第1場 エルミーロの家の一室
ロドリーゴは、デズデーモナに拒絶され、オテッロと結婚していることを告げられ、アリア「何ですと!ああ、何をおっしゃるのです」を歌い、その場を去る。現れたエミーリアにデズデーモナは、ロドリーゴに秘密を話したことを話し、ロドリーゴの行動を心配しオテッロのもとへ向かう。
第2幕第2場 オテッロの家の庭
オテッロは、デズデーモナがロドリーゴを愛しているのではという不安に駆られる。そこにイアーゴがその証拠として恋文をオテロに見せる。二重唱「間違いではない」。オテロは手紙を読み、デズデーモナがロドリーゴに書いたものだと思い込み、必ずデズデーモナを殺し自分も死ぬと激高する。ほくそ笑むイアーゴ。
ロドリーゴは、デズデーモナがオテッロと既に結婚していることを知って諦め、オテッロと和を結ぼうとやって来る。しかし怒り心頭のオテッロは、彼に決闘を申し込む。デズデーモナが現れ止めに入る。三重唱「ああ、止めてください!」。しかしデズデーモナは、その場に気絶する。男たちは決闘へと出かけていく。
エミーリアが現れ、気絶しているデズデーモナを見て驚き、すぐ介抱する。正気に戻ったデズデーモナは、「何という苦しみ」を歌い、オテッロの安否を気遣う。オテッロが無事であることを知り安心するのも束の間、父エルミーロが現れ、デズデーモナは許しを求めるが、恥知らずとなじるエルミーロ。
第3幕 デズデーモナの寝室
悲嘆にくれ絶望しているデズデーモナを、エミーリアはやさしく慰めようとする。外から聞こえてゴンドラ漕ぎの悲しげな歌「これ以上悲しいことはない」を聞き、ますます悲しみを募らせ、今は亡き友人イザウラのことを思い出す。そして竪琴を爪弾きながら「柳の歌」歌う。エミーリアを退室させた後、デズデーモナは「どうか鎮めてください」と祈りを捧げ、眠りにつく。
雷鳴のイラスト
秘密の扉から、オテッロが短剣とランプを携え現れる。稲妻と雷鳴。目を覚ましたデズデーモナは、オテッロに気付き驚く。オテッロは不貞をなじるが、デズデーモナは身の潔白を訴える。二重唱「その一撃を止めないで」。ついにオテッロはデズデーモナを刺し殺す。そこへ部下が現れ、イアーゴのたくらみを明らかにし、エルミーロも二人の仲を許す。ロドリーゴもデズデーモナをオテロに譲り、人々がみな二人を祝福するが時すでに遅く、オテッロは自身を悔いて、自刃する。
-------------------------------

こうしてみると、ベリオの台本はだいぶシェイクスピアから離れており、ハンカチは恋文に変わり、イアーゴの重要度が高くないことに気付かされます。バイロン卿でなくても、それなりの悪感情を抱くのは必至でしょう。

参考CD

オテッロ:ブルース・フォード
デズデーモナ:エリザベス・フットラル
指揮:デイヴィッド・パリー 他(1999年録音)
 
アメリカ人二人が主役のこのCDですが、ロドリーゴにはキング・オブ・ハイFの異名をとるウィリアム・マッテウッツィ、エルミーロは渋いバスのイルデブランド・ダルカンジェロという二人のイタリア人が固めます。イアーゴはコロンビア人のロッシーニテノール、ホアン・ホセ・ロペラが務め、マッテウッツィとの二重唱はなかなか聴きものです。そして何より、このCDには、オリジナルのエンディングとハッピーエンドの両方が納められています。また、オテッロを女性が演じた楽曲も聴くことができ、詳細な解説とともに資料的な価値も充分です。
 
オテッロのCD

今後の「オテッロ」の上演

藤原歌劇団&ヴァッレ・ディトリア(マルティーナ・フランカ)音楽祭
藤原歌劇団ヴァッレ・ディトリア(マルティーナ・フランカ)音楽祭との提携で開催される「ベルカント オペラ フェスティバル イン ジャパン」。毎年知られざる名作オペラの公演を行っています。「オテッロ」以外にも魅力的な公演が目白押し。ぜひお出かけになってはいかがでしょう。
2023年1月20日(金)、22日(土)
テアトロ・ジーリオ・ショウワ(川崎市麻生区)
詳しくは下記特設サイトをご参照ください。
https://www.jof.or.jp/performance/2301_BOF/
藤沢市民オペラ
藤沢市民オペラは、1973年に藤沢市民会館開館5周年記念事業として、「フィガロの結婚」を上演されたのが始まりです。このところは3年サイクルで、1年目はプロによるオペラ公演、2年目は演奏会形式によるオペラ公演、3年目は「藤沢市民オペラ」本公演としているとのこと。2023年は2年目に当たるようで、この「オテッロ」も演奏会形式での上演です。
2023年11月26日(日)
藤沢市民会館(藤沢市鵠沼東)
まだ詳しい情報が少ないです。チェックをお忘れなく!
オセロのイラスト