【ふじやまのぼる先生のオペラ解説(32)】
さて、「平和の日」ですが、「無口な女」完成後、シュトラウスが、ツヴァイクと二人で考えていた題材でした。本来であれば共同作業第2作となるはずでしたが、ナチスがそれを許しませんでした。ツヴァイクは骨子を考えシュトラウスに託します。「今後誰が引き継いでも構わない」という添え書き付きで。シュトラウスは新たに、ヨーゼフ・グレゴール(1888–1960)との共同作業を開始します。グレゴールの筆は早かったようですが、ホーフマンスタールやツヴァイクのような知己に富んだ作家ではありませんでした。二人は「平和の日(1938年初演)」、「ダフネ(1938年初演)、「ダナエの愛(1952年初演)」の3作品を遺しました。
最後のオペラ「カプリッチョ(1942年初演)」は、やはりツヴァイクがアイディアをシュトラウスに提供し、アントニオ・サリエリ(1750-1825)のオペラ「まずは音楽、それから言葉」の流れをくむ作品です。この作品はシュトラウス自身と、「カプリッチョ」を初演することになる指揮者クレメンス・クラウス(1893-1954)との共同作業で台本が制作されました。
「平和の日」は、三十年戦争(1618-1648)を終わらせるため、ウェストファリア条約が締結された1648年10月24日が舞台となります。しかしこれは仮の姿で、戦争へと突き進むナチス政権への警鐘の意味がありました。上演時間は75分ほどなので、一夜の上演には短く、次作「ダフネ」とのダブル・ビルで構想されました。シュトラウスは、親交のあった指揮者カール・ベーム(1894-1981)に委ね、ドレスデンで初演しようと考えていましたが、クレメンス・クラウスが自分の妻でソプラノのヴィオリカ・ウルスレアク(1894-1985)をヒロインとして、自分がミュンヘンで初演したいと、シュトラウスに訴えます。その結果、1938年7月24日、ミュンヘンのバイエルン州立歌劇場で、ベートーヴェンのバレエ「プロメテウスの創造物」と一緒に初演されました。「平和の日」は、クラウス・ウルスレアク夫妻に献呈されています。3ヶ月後の10月15日、ドレスデンでは、予定通り「平和の日」と「ダフネ」が、ベームの指揮により一緒に上演されました。この日が「ダフネ」の初演に当たり、「ダフネ」はベームに献呈されています。
シュトラウスやツヴァイクの考えとは裏腹に、ナチス政権は「平和の日」を、「自分たちは平和を望んでいる」というプロパガンダのために利用し、1938年から1940年にかけて、ドイツ(この頃地図上からオーストリアは消えています)各地で上演させます。しかしその後は「用済み」としてあっさりと捨て去り、あっという間に忘れ去られます。戦後ぽつぽつと上演されますが、一緒にと考えられた「ダフネ」の方が、上演の機会は多いのが現状です。
「平和の日」
あらすじ
1648年10月24日、ドイツのとあるカトリックの市の端にある要塞。
全1幕
夜明け。要塞は、プロテスタントの軍に長きにわたり包囲されている。兵士は皆疲れ切っている。衛兵は、狙撃兵に周囲の様子を問うが、相変わらず敵の包囲は続いている。どうなるかと嘆く狙撃兵に、衛兵は、司令官の様子を見せ、務めを果たすよう言う。皇帝の親書を持って、包囲を掻い潜って来た若いピエモンテ出身の男が、故郷を想い「ばらよ、何と美しい花だろう」と歌う。それを聞いた他の兵士たちは、生まれたときから戦争状態なので、平和とは何か知らない。
夜明け。要塞は、プロテスタントの軍に長きにわたり包囲されている。兵士は皆疲れ切っている。衛兵は、狙撃兵に周囲の様子を問うが、相変わらず敵の包囲は続いている。どうなるかと嘆く狙撃兵に、衛兵は、司令官の様子を見せ、務めを果たすよう言う。皇帝の親書を持って、包囲を掻い潜って来た若いピエモンテ出身の男が、故郷を想い「ばらよ、何と美しい花だろう」と歌う。それを聞いた他の兵士たちは、生まれたときから戦争状態なので、平和とは何か知らない。
その時、空腹を訴えた市民たちが要塞の門を叩いている。司令官は、ここは皇帝の土地だと、市民たちに向かって言う。市長と司教は、「敵も我々と同じ人間、降伏して開城してほしい」と懇願するが、司令官は拒否する。彼の目指すは勝利のみ。相変わらずパンを求める市民たちの声が響く。
前線の兵士が「もう打つ弾がない」と報告に来る。地下にある弾薬の使用許可を求めるが、司令官はそれを認めない。皇帝からの親書には、「決して諦めず、最後にはこの要塞と共に消滅せよ」と書かれていた。
それを聞いた一人の女性は、「皇帝にこの戦争とは何かを見せてやれ」と訴え、男たちは「人殺し」と叫ぶ。司令官は、今日の正午に何かしらの決定を行うから今のところは引き揚げよと命じる。
市民たちが去ると、司令官は兵士たちに向かい「お前たちは良く働いてくれた」と歌い、ここまで状況が悪化してしまった今、残りの火薬もろともこの要塞を爆破して果てることを告げる。「マグデブルクの騎兵戦で」で、衛兵が傷ついた自分を助けてくれたことを歌う。そして、今こそその借りを返すときが来たと言い、去りたいものは去り、残りたいものは残れと言う。衛兵、砲兵、狙撃兵は「最後も司令官と一緒」と言い、その場に残る。司令官はピエモンテ人に改めて謝意を伝え、ピエモンテ人は、マスケット銃兵、ラッパ手とともにその場を去る。彼らを見送った後、司令官は自爆に向けた準備を開始するよう命じ、皆持ち場につき、司令官も自室に去る。
誰もいなくなったところに司令官の妻マリアが現れ、長大なモノローグ「どうしたの、誰もいないなんて」を歌い、散乱した武器を見て何かが起こりつつあることを感じ取る。そして、兵士たちのうつろな目を思い出し、決して笑わない夫は戦争と結婚したのだと述懐する。そこに司令官が現れ、マリアにここから立ち去るように言う。マリアはその理由を問うと、この要塞もろとも爆破すると告げる。マリアは戦争の恐ろしさを歌い、司令官は戦争の素晴らしさを歌う。マリアは夫と運命をともにすると歌い、二人は固く抱き合う。
すると大砲の音が三度とどろく。司令官は自爆するのをやめ攻撃に討って出て、皆で討ち死にする方を選ぶ。しかし周囲からは鐘の音が響くだけで、全く攻撃の手は上がらない。様々な教会の鐘という鐘から音が聞こえ、敵が白旗を掲げて近づいてくるのが見える。
市長が、街が解放され、敵兵と市民が抱き合って喜びあっていると報告に来る。敵将ホルシュタイン人が現れ、和議が成立し戦争に終止符が打たれたと伝える。市民たちは平和を喜ぶが、司令官は信じようとしない。握手を求めるホルシュタイン人に対し、司令官は剣を抜く。その間にマリアが割って入り、和平を説くので、司令官も剣を捨て、二人の将は熱い抱擁を交わす。人々は、30年ぶりに取り戻した平和を喜び、幕となる。
「平和の日」の今後の公演
東京二期会
オーチャードホール(渋谷区道玄坂)
2023年4月8日、9日
東京二期会・公演詳細ページ
http://www.nikikai.net/lineup/friedenstag2023/index.html
オーチャードホール(渋谷区道玄坂)
2023年4月8日、9日
東京二期会・公演詳細ページ
http://www.nikikai.net/lineup/friedenstag2023/index.html
今回が日本初演。初演から85年弱かかっています。しかも、今回聴き逃すと、次はいつ聴けるかわかりません。お聴き逃しなく!
参考CD
参考CD(1)
指揮:クレメンス・クラウス
司令官:ハンス・ホッター
マリア:ヴィオリカ・ウルスレアク 他(1939年録音)
司令官:ハンス・ホッター
マリア:ヴィオリカ・ウルスレアク 他(1939年録音)
これは、「平和の日」のウィーン初演であった1939年6月10日の録音です。音は非常に悪く、ガサガサいう雑音の向こうから音楽が聞こえてきますが、演奏は非常に美しく、シュトラウスお気に入りのウルスレアクとハンス・ホッター(1909-2003)の声もよく聞こえます。ピエモンテ人のアントン・デルモータ(1910-1989)も美声を聞かせています。この日は、オペラの前にシュトラウスの「ウィーン・フィルハーモニーのためのファンファーレ」が演奏されています。
参考CD(2)
指揮:ヨーゼフ・カイルベルト
司令官:ヨーゼフ・メッテルニヒ
マリア:ヒルデガルト・ヒッレブレヒト 他(1960年録音)
司令官:ヨーゼフ・メッテルニヒ
マリア:ヒルデガルト・ヒッレブレヒト 他(1960年録音)
こちらは、バイエルン州立劇場でのライヴ録音です。指揮者のヨーゼフ・カイルベルト(1908-1968)は、当時音楽監督を務めていました。シュトラウスやドイツもののソプラノとして知られるヒルデガルト・ヒッレブレヒト(1925-2018)のマリアが、とても印象的です。
参考CD(3)
指揮:ヴォルフガング・サヴァリッシュ
司令官:ベルント・ヴァイクル
マリア:ザビーネ・ハス 他(1988年録音)
司令官:ベルント・ヴァイクル
マリア:ザビーネ・ハス 他(1988年録音)
バイエルン州立歌劇場は、毎年6月下旬から7月31日まで、ミュンヘン・オペラ・フェスティバルを行い、そのシーズンのハイライト的な公演を行います。チケットもこの時期はお高くなります。この1988年は、当時バイエルン州立歌劇場の音楽監督だったヴォルフガング・サヴァリッシュ(1923-2013)の計画により、シュトラウスの全オペラ上演が行われました。もちろん一人では全作品の指揮はできませんので、「影のない女」、「エジプトのヘレナ」、「アラベラ」、「無口な女」、「平和の日」、「ダフネ」、「ダナエの愛」、「カプリッチョ」の8作品を指揮しました。この「平和の日」もその一環として公演され、ライヴ録音されましたが、その日は1988年7月24日。「平和の日」初演からちょうど50年の記念の日でした。オペラコンクールの審査委員であったベルント・ヴァイクルさんのお声が聴けるのも嬉しいところ。
参考CD(4)
指揮:ジュゼッペ・シノーポリ
司令官:アルベルト・ドーメン
マリア:デボラ・ヴォイト 他(1999年録音)
司令官:アルベルト・ドーメン
マリア:デボラ・ヴォイト 他(1999年録音)
こちらはドレスデンの州立歌劇場のライヴ録音です。ドレスデンはシュトラウスとは関係の深い街で、「サロメ」、「エレクトラ」、「ばらの騎士」、「インテルメッツォ」、「エジプトのヘレナ」、「アラベラ」、「無口な女」、「ダフネ」という8作品を初演しています。当時シュターツカペレ・ドレスデンの音楽総監督だったジュゼッペ・シノーポリ(1946-2001)の指揮による録音です。シノーポリがオペラ指揮中に急逝したと言うお話は以前しましたね。そうでなければ、2002年からドレスデン州立歌劇場の音楽総監督に就任予定でした。ここでも強力なソプラノ、デボラ・ヴォイトが思いのたけを歌っています。
3と4は、日本語対訳付きのCDが発売されましたが、今では廃盤のようです。オペラのCDの寿命は短いのです。