ボロディン作曲「イーゴリ公」 Князь Игорь vol.1

【ふじやまのぼる先生のオペラ解説(38)】
初演:1890年11月4日(ユリウス暦10月23日)ペテルスブルク マリインスキー劇場

主な登場人物

登場人物一覧

あらすじ

1185年 プティーヴル市とポロヴェツ人の陣営
プロローグ プティーヴル市の広場
イーゴリ公は、ロシアに脅威を与えている東方のポロヴェツ人(韃靼[だったん]人)を討つと宣言し、人々は勝利を願う。その日はちょうど日食の日。みるみる太陽が欠けていく様を見て、ヤロスラーヴナや人々は出陣を思いとどまるように言うが、イーゴリ公の意志は固く、義兄のガリツキー公に後のことを託し、息子ウラヂーミルとともに出陣する。
第1幕 第1場 ガリツキー公の館の中庭
イーゴリ公の留守中、ガリツキー公はプティーヴル市を意のままにし、手下を使って放蕩三昧を送っている。なんとその手下は、イーゴリ公の軍隊からの脱走兵で、ガリツキー公に取り入ろうとやって来たのだった。アリア「もしプティーヴルの公爵になれたら」と、早くもイーゴリ公の後釜に座ることを夢見ている。その手下がさらった娘を返すよう訴えるため、女性たちがやってくるが、手下たちに「娘たちは幸せだ、騒ぐとお前たちもひどい目に遭う」と女たちを追い返し、ガリツキー公も出ていく。その後手下たちは、大騒ぎの宴会を開き、「ガリツキー公をイーゴリ公の後釜に!」と息巻く。
第1幕 第2場 イーゴリ公の宮殿のヤロスラーヴナの部屋
ヤロスラーヴナは、夫から何の便りもないことにアリア「もう長い月日がたった」を歌い嘆く。彼女のもとに女たちが、「さらわれた娘を返してほしい」と願い出る。「その犯人は?」と聞くと皆口ごもるが、「あなたのお兄さまです」と答える女たち。そこに当の本人のガリツキー公が現れるので女たちは逃げ去る。妹にさらった娘を返すよう言われるが、ガリツキー公は取り合わない。ついにヤロスラーヴナは兄に出ていくよう命じるので仕方なく「さらった娘は返し、新しい娘を手に入れよう」とふてくされて帰っていく。その時、「イーゴリ公の軍は敗れ、息子のウラヂーミルとともに捕虜になった」との連絡が入る。赤々と燃える城砦が遠くに見える。
第2幕 ポロヴェツ人の陣営 夕暮れ
ポロヴェツの娘たちがエキゾチックな歌を歌い続いて踊りを踊る。コンチャクの娘コンチャコヴナがそれらを止めさせ、アリア「夜よ、早く帳を下ろして」を歌う。ロシア人の捕虜たちは、ポロヴェツの娘たちから冷たい飲み物を受け取り、その優しさに感謝して去る。
皆が去ると、捕虜の身でありながら敵将の娘に恋してしまったウラヂーミルが現れ、セレナード「恋人よ、早く来たれ」を歌う。コンチャコヴナが現れ、愛の二重唱を歌う。二人はそれぞれの父が結婚を許してくれるか心配するが、人の来る気配に別れを惜しみつつ去る。
イーゴリ公が現れ、捕虜になった屈辱をアリア「疲れはてた魂には眠りも憩いもなく」に込め、悲痛に歌う。そこへ歩哨のオヴルールが現れる。彼はポロヴェツ人の中で唯一のキリスト教徒で、イーゴリに足の速い馬の提供を申し出る。しかしイーゴリ公は、捕虜をこのように丁重に扱うコンチャクを裏切ることはできないと断る。
そこにコンチャックが現れ、元気のないイーゴリ公を心配する。イーゴリ公は、「あなたも捕虜になってみないと分からない」と答えるので、コンチャックは、アリア「いや、友よ、捕虜ではない」と、賓客としてもてなすと応じる。また、「今後敵対しないと約束できれば釈放しよう」と申し出るが、嘘はつけないイーゴリ公は、その申し出を断る。コンチャックは、二人で同盟を結べば、全ロシアを二人で治められるのにと笑う。彼は祝宴を開き、「ポロヴェツ人(だったん人)の踊り」でもてなす。最初は静かに、だんだん盛り上がり、最後はコンチャックをたたえる大合唱で終わる。
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3幕以降は次回お届けします。

豆知識「化学者ボロディン」

アレクサンドル・ボロディン(1833-1887)は音楽院などでの教育を受けた作曲家ではありません。学歴の1つとして「サンクトペテルブルク大学医学部卒業」というのがあります。その後陸軍病院などで勤務する傍ら、イタリアやドイツの大学でも研鑽を積み、「元素周期表」を作成したドミトリ・メンデレーエフ(1834-1907)とも知り合っています。皆さんも覚えましたよね「すいへーりーべ、ぼくのふね…」。彼は最終的に母校の教授に就任しています。科学者としては、「ボロディン反応(別名:ハンスディーカー反応)」として名を残すほか、「アルドール反応」を発見したと言われています。興味のある方は、調べてみてくださいね。
作曲は30代で初めてミリイ・バラキエフ(1837-1910)に習ったとされ、有名な作品は、交響曲第2番や、交響詩「中央アジアの草原にて」があります。「イーゴリ公」は、彼が30代のころから作曲を続けていましたが、53歳の若さで動脈瘤破裂により亡くなり、ついに完成することはできませんでした。今日上演されるように仕立てたのはニコライ・リムスキー=コルサコフ(1844-1908)とアレクサンドル・グラズノフ(1865-1936)という師弟コンビです。
博士のイラスト
ロシア以外では、なかなか上演の機会の少ない作品ではありますが、「ポロヴェツ人(だったん人)の踊り」は、単独でコンサートでもよく演奏されています。また「ストレンジャー・イン・パラダイス」をはじめ、様々な編曲でも親しまれています。