ヴェルディ 二題 「二人のフォスカリ」「ルイザ・ミラー」

【ふじやまのぼる先生のオペラ解説(39)】
9月にヴェルディのあまり上演されない作品の公演があります。今回は、その2つのオペラについてご紹介します。1つは1844年に初演された「二人のフォスカリ」、もう1つは1849年に初演された「ルイザ・ミラー」です。

「二人のフォスカリ」

ヴェルディは、1844年にヴェネツィアのフェニーチェ劇場で初演するために題材を探していました。ヴェルディにとってフェニーチェ劇場で初演される最初の作品(デビュー作は、「十字軍のロバルド人たち」でしたが、不調の歌手により、失敗に終わっていました)となるもので、相当悩んでいたようです。最終的に、ヴェネツィアを舞台にしたバイロン(1788-1824)の「二人のフォスカリ」に作曲しようと試みます。しかし、劇場側はこの選択に難色を示し、ヴェルディも、この題材がヴェネツィアの聴衆を納得させる自信がなかったとみえて、「二人のフォスカリ」を取り下げ、ヴィクトル・ユーゴー(1802-1885)原作の「エルナーニ」に作曲。初演は「大成功」という記述も見られますが、まずまずの成功というのが正直なところでしょう。ここでも歌手の不調に足を引っ張られた形でした。
さて、「二人のフォスカリ」はどうなったかというと、同じ1844年の秋に新作を初演したいと考えていたローマのアルジェンティーナ劇場のための作品として作曲されました。アルジェンティーナ劇場は、かつてロッシーニの「セビリャの理髪師」を初演した劇場でした。
これまでの作曲家は、劇場から提示された台本に対して、期日に間に合うように作曲するというのが当たり前でしたが、ヴェルディは、自分の気に入った題材自分の気に入った台本作家に台本にさせ、それに作曲するという方法を取っていました。これは、当時の作曲家の姿勢としては、かなり異例でした。
初演は1844年11月3日に行われ、作曲家が何度もステージに呼ばれるほどの成功を収めましたが、ここでも歌手の影響で少し割り引かれた成功であったようです。「二人のフォスカリ」を観たドニゼッティは、「ヴェルディの天才さが、切れ切れに脈絡なく出された作品」と評したとか。それでも、この作品はその後40年に渡り、上演され続けました。100分という上演時間は、休憩2回を挟む上演には短すぎましたが、何かの事態で急遽演目を変更したいときには、代演目として好んで上演されたという記録もあるようです。
「フォスカリ」とは人の名前で、父フランチェスコ・フォスカリ(1373-1457)は、ヴェネツィアの総督を務めた実在の人物です。その息子のヤコポ・フォスカリも実在しました。

あらすじ

1457年 ヴェネツィア

主な登場人物

登場人物一覧
オペラの始まる前の話
フランチェスコは、ヤコポ・ロレダーノの父ピエトロと総統の座を争い、結果として総統の座を射止める。しかしピエトロは、何かとフランチェスコの政策に反対し続ける。フランチェスコはピエトロがいる限り政務を行わないと言い出す、その直後、ピエトロとその兄弟が急死する。その急死をフランチェスコによる暗殺と捉えたロレダーノは、いつかその無念を晴らそうと、静かに執念を燃やし続ける。
フランチェスコの息子ヤコポは、ヴェネツィアの政治を司る十人委員会の議長ドナート殺害の容疑でクレタ島に流刑になっていた。彼はヴェネツィアへ帰りたい一心で、ヴェネツィアと敵対関係にあったミラノ公とりなしの手紙を書いてしまう。その手紙はヴェネツィアの手に落ち、再び裁判にかけられることになり、ヴェネツィアへ連れ戻されていた。
第1幕 
十人委員会は、これから総統の息子の裁判を行うため、会議室へ入る。そこへヤコポが引き出されてきて、アリア「はるかに遠い追放の地から」で、愛するヴェネツィアへの思いと、今の境遇を歌う。
ルクレツィアは、義父に公正な裁きをと訴えに行こうとするが、侍女に止められる。そしてアリア「天よ、その全能の眼差しに」を歌い、祈りを捧げる。そこへ、再びクレタに流刑が決まったとの知らせが入り、ルクレツィアは「恐れるがいい」と怒りを爆発させる。
総統の自室でフランチェスコは、総統としての自分と父としての自分の板挟みを、アリア「ああ、年老いた心よ」で歌う。そこへルクレツィアが現れ、夫を返してほしいと訴える。フランチェスコは、総統として法は守らなければならないと応える。さらにルクレツィアは父親としてはどうなのかと問う。その時、フランチェスコの目には涙が。ルクレツィアは、まだ希望があると感じる。
第2幕
地下牢のヤコポは、斬首に処された男の亡霊を見て、アリア「私を呪わないでくれ」を歌い、自分の死の予感を吐露し気絶する。そこにルクレツィアが現れ彼を気付かせ、十人委員会の決定を伝え、自分もクレタに同行すると告げる。そこへ総統が現れ、父として息子への慈愛の気持ちを伝える。そこへロレダーノが、ヤコポをクレタへ連行するために現れる。ルクレツィアが同行すると告げるが、ロレダーノは十人委員会によってそれは禁じられていると言い放つ。激しく非難する二人をフランチェスコは諫める。ロレダーノは「復讐の時は近い」とほくそ笑む。
十人委員会の会議室。ヤコポにいクレタ再流刑の判決が言い渡される。父に恩赦を願うヤコポだったが、今は総統として鎮座するフランチェスコにそればできない。その時ルクレツィアが、二人の子どもを連れ会議室に登場、総統の前にひざまずかせる。同情する十人委員もいる中、ロレダーノによって出発を急がされる。ヤコポは死を覚悟し、ルクレツィアは気を失う。
第3幕
人々は、運河でのゴンドラ競漕を楽しみ、舟歌を歌っている。そこに宮殿からのラッパが響き、流刑船が運河に現れると、人々は一目散に去っていく。ヤコポが引き出され、乗船する前に妻子との別れをする。ロレダーノに急かされ船は出発。ルクレツィアは気絶する。
フランチェスコは総統の自室で、最愛の息子を失い悲嘆に暮れている。そこに、ドナートを殺害した真犯人がいたとの報告がある。息子の無実への喜びもつかの間、ルクレツィアが登場し、クレタへの船の中で、ヤコポが亡くなったと告げ、アリア「もはや夫は生きていない」を歌い、夫を陥れた者たちへの復讐を誓う。
ルクレツィアが去ると、ロレダーノたち十人委員会のメンバーが現れ、フランチェスコに老齢のため総統を辞するよう迫る。「これまで二度も辞任しようとしたが、その度に慰留され、終身総統を誓わされたのに、何をいまさら」と言うが、彼らはそれを無視し辞任を迫る。アリア「これが非道な報酬か」を歌い、とうとう総統の被り物や指環をはずす。そして、ルクレツィアに連れられ退室しようとしたとき、新総統祝賀の鐘が打ち鳴らされる。フランチェスコは悲嘆のため息絶える。ロレダーノは手帳を取り出し「復讐は達成された」と書き込む。

参考CD

参考CD(1)
指揮:ランベルト・ガルデッリ
フランチェスコ:ピエロ・カップッチッリ
ヤコポ:ホセ・カレーラス
ルクレツィア:カティア・リッチャレッリ 他 (1976年録音)
ここにも何度か登場した、ランベルト・ガルデッリ(1915-1998)の指揮による、ヴェルディのマイナーオペラシリーズの一作です。ピエロ・カップッチッリ(1926-2005)は脂の乗り切った50歳、カレーラスやリッチャレッリはまだ30代前半と、まさに若い世代を中心とした冒険的な録音だったのかもしれません。しかし、それから50年近くたちますが、いまだにこれを超える録音を先生は知りません。100年後にも十分鑑賞に堪える録音かと思います。
CD1
参考CD(2)
指揮:イヴァン・レプシッチ
フランチェスコ:レオ・ヌッチ
ヤコポ:イヴァン・マグリ
ルクレツィア:ユ・ガンクン 他 (2018年録音)
指揮のレプシッチは、クロアチアの指揮者です。2017年からミュンヘン放送管弦楽団の首席指揮者を務めており、これはその2年目の録音です。2019年に新国立劇場の「椿姫」を指揮しているので、おなじみの方もいらっしゃるでしょう。このCDは、とにかく、ヌッチのフランチェスコを聴くべきものです。ヌッチの表現する苦悩や人間模様を、とくとご鑑賞下さい。
CD2
このオペラは、藤原歌劇団によって上演されます。
2023年9月9日(土)、10日(日)
新国立劇場(渋谷区初台)
詳しくは、藤原歌劇団のHPをご覧ください。
https://www.jof.or.jp/performance/2309_duefoscari/

「ルイザ・ミラー」

ナポリの名門サン・カルロ劇場からの依頼によって書かれたオペラです。「二人のフォスカリ」の初演された1844年から「ルイザ・ミラー」の初演された1849年までの5年間に7作のオペラを初演したヴェルディは、文字通り大忙しでした。イタリアのみならずロンドンパリからの依頼もあり、新たなサン・カルロ劇場からの依頼を断ろうと思っていたと言います。しかし。台本作家のサルヴァトーレ・カンマラーノ(1801-1852)に泣きつかれ、契約破棄を思いとどまります。カンマラーノは、子どもを6人も抱え、困窮にあえいでいたとか。断られると、台本執筆料が入りませんしね。ここでもヴェルディは自分の気に入った題材でなければ作曲しないという方針は変わらず、いくつかの候補の中から、フリードリヒ・シラー(1759-1805)の「たくらみと恋」が選ばれました。シラーというと、ベートーヴェンの「第九」の作詞者として知られていますが、あまりヴェルディと結びつかないかもしれません。しかしヴェルディは26作のオペラのうち4作をシラーの原作によっており、一番多いのです。
シラーの原作は、自身の成就しなかった恋愛が投影されていることもあり、貴族の専横と腐敗、また階級の差別を超えた愛と自由を描いており、なかなかとんがった作品でした。そのままの内容では、検閲の厳しいナポリでは上演許可が下りません。そのため、カンマラーノはヴェルディの指示のもとマイルドにした作品に仕上げます。
1849年12月8日の初演は、成功したと伝わっています。どういうわけか、サン・カルロ劇場との関係はこのオペラで終わりとなりました。

あらすじ

17世紀前半 チロル地方

主な登場人物

登場人物一覧
各幕に副題が付けられています。これは台本作家カンマラーノがよく使った手法で、ドニゼッティの「ランメルモールのルチア」や、同じヴェルディの「イル・トロヴァトーレ」にもみられます。
第1幕 「愛」
第1場 ミラーの家の前の広場
ルイザの誕生日。訪れた友人たちに感謝しつつも、肝心の彼が来ていないことがちょっぴり気になる。父ミラーは、彼の素性がわからないと心配するが、ルイザはアリア「一目見たときから」を歌い、心配しないよう父に話す。そこに意中の彼が現れるのでルイザは安心し、皆で教会に行く。
ミラーのもとにヴルムが現れ、昔約束した通り、ルイザを嫁にと迫る。ミラーはアリア「婚姻とは神聖なもの」と、無理強いできないと歌う。ヴルムは、ルイザの彼氏は新領主のご子息と告げるので、ミラーは心配が現実になったと嘆く。
第2場 ヴァルターの居城の一室
ヴルムはヴァルターに、ロドルフォが村娘と恋に落ちていると告げる。ヴァルターは、息子のためにいろいろ悪事も働いたと、アリア「この血も命もやろう」と嘆く。やって来たロドルフォに、地位も財産もあるフェデーリカと結婚するよう命じる。驚くロドルフォだが、手回しよくフェデーリカが登場する。彼らが二人きりになると、ロドルフォは「別に好きな人がいる」と告げる。フェデーリカは嫉妬と屈辱感を味わい、去る。
第3場 ミラーの家
ミラーはルイザに、あの若者は領主の息子と告げ、花嫁が城に来ているから、お前はただ遊ばれただけだ、と話す。そこにロドルフォが現れ、ルイザに変わらぬ愛を告げる。続いてヴァルターが現れ、財産目当ての娘から息子を取り戻しに来たとミラーを侮辱。ミラーもヴァルターに激しく迫る。ヴァルターは、二人を逮捕するように命じるが、ロドルフォが「どうして領主に慣れたのかばらす」と囁くので逮捕を諦める。
第2幕 「たくらみ」
第1場 ミラーの家

城に捕らわれたミラーの様子を、村人たちがルイザに告げる。そこにヴルムが現れ皆を帰し、「本当は財産目当てでロドルフォを愛した。ヴルムと今夜駆け落ちをする」と手紙に書けば、父親は許されると脅す。ルイザは、アリア「神よ、私を罰してください」を歌い、苦しむ。父親を助けたい一心で、ルイザは手紙を書きあげ署名する。ヴルムはさらに、これは自発的に書いたものと証言し、ヴルムを愛しているふりをするよう命じる。
第2場 ヴァルターの居城の一室
ヴルムはヴァルターに首尾よく進んでいることを報告する。ヴァルターは、先代領主を暗殺したことをロドルフォが知っていると告げ、もしもの時は運命共同体。二人で絞首台と話す。フェデーリカが現れ、ルイザはヴルムを愛しているようにふるまい、ロドルフォの愛も冷めたと告げるので、フェデーリカは喜ぶ。
第3場 場内の庭園
農夫が現れ、ルイザがヴルムに宛てた手紙をロドルフォに渡す。ルイザの裏切りを知ったロドルフォは激しく怒り、ヴルムを呼びに行かせる。そして名アリア「星の明るい夕べに」を歌い、ルイザとの楽しかった日々を振り返る。現れたヴルムに二挺のピストルを渡したロドルフォは決闘を申し込む。驚いたヴルムは、空に一発撃って逃げ出す。騒ぎを聞きつけ現れたヴァルターに、「ルイザに裏切られた」と告げるロドルフォ。フェデーリカと結婚して見返してやれとヴァルター。
第3幕 「毒薬」
ミラーの家。村娘たちがルイザを慰めている。ミラーが帰宅するので娘たちは帰っていく。ミラーはルイザの落ち着き具合から、死を覚悟していると悟る。ルイザは祈りをささげ、一人になったところにロドルフォがやって来る。彼はコップの中にそっと毒薬を仕込む。ルイザが起きて彼に気付く。ロドルフォは、本当にこの手紙を書いたのかと尋ねると、ルイザは否定しないので、ロドルフォはコップの水を飲み、この水は苦いから飲んでみろとルイザに渡し、彼女も飲む。ロドルフォは、コップに毒を入れたことを告げ、本当にヴルムを愛していたのかと尋ねると、ルイザは死ぬなら誓いのことは関係ないからと、真実を話す。ロドルフォは早まったことを呪う。ミラーが現れ、ロドルフォは二人で死ぬ覚悟をして毒薬を飲んだと告げる。ルイザは父親に別れを告げ死ぬ。そこにヴァルターとヴルムが現れる。ロドルフォは最後の力でヴルムを刺し殺し、「あなたの罪だ」と父親に告げ、死ぬ。

参考CD

指揮:ファウスト・クレヴァ
ルイザ:アンナ・モッフォ
ロドルフォ:アルロ・ベルゴンツィ
ミラー:コーネル・マクニール
ヴァルター:ジョルジョ・トッツィ 他 (1964年録音)
このコーナーによく出てくる、アンナ・モッフォ(1932-2006)が先生は好きで、その流れで買ったCDです。ある評論家は、「モッフォの最高の録音」と評していますが、先生もそう思います。カルロ・ベルゴンツィ(1924-2014)の歌うロドルフォのアリアも、その美声をいかんなく発揮していて絶品。指揮のファウスト・クレヴァ(1902-1971)は、オペラ指揮中に亡くなったことでも知られていますが、弛緩することなくこのオペラを突き進め、要所を締めています。
CD1
このオペラは、アーリドラーテ歌劇団によって上演されます。
2023年9月9日(土)、10日(日)
大田区民ホール・アプリコ 大ホール(大田区蒲田)
詳しくは、アーリドラーテ歌劇団のHPをご覧ください。
https://ali-dorate.net/