【ふじやまのぼる先生のオペラ雑感(8)】
先生が観に行ったオペラの雑感を綴っています。
先生が観に行ったオペラの雑感を綴っています。
《二期会創立70周年記念公演/日生劇場開場60周年記念公演》
東京二期会オペラ劇場 NISSAY OPERA 2023提携
東京二期会オペラ劇場 NISSAY OPERA 2023提携
午後の曳航<新制作>
2023年11月23日(木曜日・祝日)17時開演
2023年11月24日(金曜日)14時開演
2023年11月25日(土曜日)14時開演
2023年11月26日(日曜日)14時開演
日生劇場
2023年11月24日(金曜日)14時開演
2023年11月25日(土曜日)14時開演
2023年11月26日(日曜日)14時開演
日生劇場
三島由紀夫(1925-1970)の作品は、なかなかとっつきにくいかもしれません。また、彼の同性愛的傾向も、理解の妨げになっているのかもしれません。彼の最期を知るにあたり、敬遠する向きもあるでしょう。しかし彼の代表作「金閣寺」は、オペラになっています。先生は1997年、ザルツブルクの駅で話しかけられた熱狂的な三島由紀夫ファンのイタリア人に、三島由紀夫の素晴らしさを語られた思い出があります。日本人なら当然読んでいるであろうと。先生は、「金閣寺」とこの「午後の曳航」くらいしか読んだことがなかったので、彼の知りたかった日本人から見た三島由紀夫像についてあまり答えられず、彼を落胆させたのがとても残念でした。と同時に、列車が時間通り到着し、彼と別れることができた安心感もありました。
今回、東京二期会で上演された「午後の曳航」を作曲したのは、ドイツ人作曲家のハンス・ウェルナー・ヘンツェ(1926-2012)です。このオペラが日本で上演されるのは、三回目となります。ヘンツェのオペラは、1966年ベルリン・ドイツ・オペラの来日の時に上演された、「若い恋人たちのエレジー」が日本における嚆矢でした。この時ヘンツェは、指揮、演出、舞台等を務めました。日本滞在中、浅利慶太(1933-2018)から三島について多くを語られ、その後「午後の曳航」の作曲に至りました。ヘンツェも同性愛的嗜好にありましたので、三島作品、特にこの作品に共感する部分があったのかもしれません。
このオペラは初め「裏切られた海(Das verratene Meer)」として作曲され、1990年にベルリン・ドイツ・オペラで初演されています(第1稿)。その後ヘンツェは、読売日本交響楽団の常任指揮者を務めていたゲルト・アルブレヒト(1935-2014)の提案により、この作品を日本語として上演すべく改訂を行います。そして2003年10月15日に、アルブレヒトの指揮、読売日本交響楽団他の演奏により「午後の曳航(Gogo no Eiko)」として初演されました。先生はこの上演を聴きましたが、正直に言ってあまり印象には残りませんでした。プログラムもあるはずなのですが、見つかりませんでした。ここで詳しく述べることができないのが残念です。日本語の台本を制作するにあたり、作曲家の猿谷紀郎さんと、ゲルマニストの藁谷郁美さんが、原作に忠実にしながらも、音符にはまらない言葉は他の言葉に変換するというやり方で進められました。このヴァージョンは、その後ザルツブルク音楽祭でも上演され、その録音が残されています(第2稿)。
第1稿は、東京交響楽団により2004年6月19日に日本で初演されました。こちらはなぜか、強烈に印象深く残っています。暴力的な音の洪水と(動)、急に穏やかになる部分(静)との対比、メロディックな歌唱、などなど。
第1稿と第2稿には、言葉の違い以外にも楽曲にも手が入れられています。一番大きな違いは、楽曲が6か所追加されたことでしょうか。40分ほど増えているといわれています。更にヘンツェは改定を加え、第2稿をもとにドイツ語に改めた第3稿を創り2020年ウィーン国立歌劇場において、無観客で初演されました。この上演はCD化されています。今回東京二期会で上演されたのは、このヴァージョンによるものです。
まず、最大の功労者は、指揮のアレホ・ペレスさんではないでしょうか。日生劇場はそんなに大きな劇場ではないので、オーケストラピットもそんなに大きくはありません。和太鼓をはじめとする打楽器群は、ピットから出され、左右のボックスに配されました。中には、別空間で演奏しスピーカーを通して客席に届けられた楽器もあるとか。指揮し辛かったことは、容易に想像できます。先生は、2018年に東京二期会で上演された「魔弾の射手」を観ましたが、その時の指揮がペレスさん。「魔弾の射手」は、鬼才ペーター・コンヴィチュニーの演出で、彼の御指名で指揮に当たったとか。その時も、別の作品を指揮するときも、また聴きたいと思わせる演奏でした。10月に東京二期会でリヒャルト・シュトラウスのオペラ「影のない女」の上演があり、このオペラの指揮もペレスさんの予定です。とても楽しみです。
歌手は一部「???」という方もいましたが、みなさん本当に難しいスコアをよくあれだけの水準で歌えたなあと、感心してしまうほどのレベルでした。ヘンツェのこのオペラは、「現代音楽」特有の「何だかわからない音を苦労して歌う」というものではなく、ある程度メロディックに作曲されているので、聴いていて辛いというほどのものではないような気がします。それでも皆さんの御健闘の成果だと思います。特に、1号を歌われた加耒徹さんの冷徹な歌い演じ方にゾクゾクさせられました。登/3号は、山本耕平さんの安定さ、新堂由暁さんのフレッシュさで、どちらも素晴らしかったです。塚崎竜二は、小森輝彦さんに軍配でしょうか。明晰なドイツ語が心地よかったです。黒田房子は、北原瑠美さんの歌唱に、第1部と第2部の心象の変化の描き方に上手さを感じました。2号の久保法之さんは、この役をカウンターテナーに割り当てたヘンツェの心情がわかるような歌唱で素晴らしかったです。
宮本亞門さんの演出は、奇を衒わないもので、初物をすんなり受け入れさせるものでした。また、数多く登場するダンサーが、黒子となって舞台転換を行ったり少年グループの一員となったりして、とても効果的に感じました。
24日の公演は、小森輝彦さんが校長を務める東京音楽学校付属高等学校の生徒さんが鑑賞に訪れていました。高校生からこのようなオペラに触れることができる環境をとてもうらやましく思いました。
この上演を観ながら、ひとつやっかいなことがありました。それは、先生の名前を何度も呼ばれることです。登場人物と同じ名前、ちょっと嬉しいような、困ったような、不思議な感覚で、舞台上から名前を呼ばれてるたびに反応してしまう自分がいました。