アリアとレチタティーヴォ

【ふじやまのぼる先生のオペラ講座(5)】
前回「アリア」のお話ししましたね。今回は、まず「アリア」の生まれた理由をお話ししましょう。17世紀前半、つまりオペラが誕生して間もなく、大きく分けて2つの構成要素からオペラが創られるようになりました。それが「アリア」と「レチタティーヴォ」なのです。「アリア」という名前が楽譜上に登場するのは、1626年と言われています(オックスフォード「オペラ大辞典」より)。台本作家はオペラの台本を書くときに、
 (1)物語を進行させるもの
 (2)登場人物の気持ちや感情をあらわすもの
に分けて考える必要がありました。この点が、他の舞台作品の台本と違う点です。台本を受け取った作曲家はおおむね、(1)をレチタティーヴォとして、(2)をアリアや重唱として作曲しました。
レチタティーヴォって何だろう?
モーツァルトのイタリア語のオペラや、ドニゼッティやロッシーニの初期のオペラは、チェンバロの伴奏で歌われる部分とオーケストラの伴奏で歌われる部分とに分かれています。このチェンバロで伴奏される部分を「レチタティーヴォ」と呼びます(厳密には、オーケストラで伴奏されるレチタティーヴォもあります)。「recitativo」と綴ります。イタリア語です。語源は諸説ありますが、「recitare(レチターレ)」が「朗読する」「せりふを述べる」「芝居をする」という意味なので、「歌う」よりも「せりふ」が重視される部分だと考えられます。全オーケストラの伴奏よりは、歌詞も聞き取りやすいですしね。まとめてみると、オペラの物語は、レチタティーヴォによって進められ、アリアや重唱では話の内容はストップする。こんな風にしてオペラは進んでいきます。

豆知識

「Recitar」で始まるアリアがあります。これはレオンカヴァッロが作曲した「道化師」というオペラの有名な「衣装を着けろ」というアリアの出だしです。若い妻の浮気を見つけてしまった旅一座の座長カニオ。そんな時でも道化役を演じなければならない悲しさ。「Recitar...=芝居をするか…」。本当に悲痛なアリアです。なお、1904年頃ナポリ出身の名テノール、エンリコ・カルーソ(1873-1921)が録音した「衣装を着けろ」のレコードは、世界初のミリオンセラーとして知られています。
レチタティーヴォの種類
レチタティーヴォには大きく2つの種類があります。1つはチェンバロ伴奏、もう1つはオーケストラ伴奏です。チェンバロ伴奏のレチタティーヴォを「レチタティーヴォ・セッコ」と呼びます。「セッコ」とは、「乾いた」という意味があります。ワインのお好きな方は、イタリアの辛口ワインのことを思い出すかもしれませんが、語源は同じです。チェンバロとともにチェロなどが加わることもあります。もう1つのオーケストラ伴奏のレチタティーヴォは「レチタティーヴォ・アッコンパニャート」と呼びます。英語の「アカンパニー」と同じなので、文字通り「伴奏」です。19世紀中期以降、「レチタティーヴォ・セッコ」はほぼなくなり、「レチタティーヴォ・アッコンパニャート」が多く使われるようになります。

チェンバロってどんな楽器?

チェンバロとは、ピアノのご先祖様的存在の鍵盤楽器です。鍵盤を押すと、弦を弾いて音が出ます。鳥の羽の軸の部分でできた爪が、弦を弾くのです。ピアノは、弦を叩いて音を出します。チェンバロはドイツ語ですが、英語では「ハープシコード」フランス語では「クラヴサン」イタリア語では「クラヴィチェンバロ」と呼ばれます。チェンバロはあまり大きな音は出せません。それを改良したのがイタリア人のクリストフォリでした。その名も、「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」。「大きな音も小さな音もあわせ持つチェンバロ」という意味です。長い名前なので省略され、今では「ピアノ」となりました。大きな音を出したかった割に名前が「ピアノ」になってしまったのはなぜでしょう?「フォルテ」だった可能性もありますね。興味のある方は、浜松市楽器博物館をぜひご見学ください。チェンバロをはじめ、たくさんの鍵盤楽器が展示されていて、音を出す仕組みも模型で見ることができます。
浜松市楽器博物館ウェブサイト
https://www.gakkihaku.jp/
バーチャル浜松市楽器博物館
https://my.matterport.com/show/?m=SNiXb15Seyx
チェンバロは、グランドピアノを小型にしたような形をしていますが、豪華な装飾や絵が描かれていました。この日は蓋が閉じられていましたが、内部にも絵が描かれています。
チェンバロの鍵盤です。現在のピアノとは、鍵盤の色があべこべですね。白い鍵盤は象牙、黒い鍵盤は黒檀が使用されることが多かったようです。象牙は高価なので、量の少ない方に使われました。また黒い鍵盤の方が、目の錯覚の効果により、女性の手が白く美しく見えたということもあるようです。現在のように入れ替わったのには諸説ありますが、高価な象牙をふんだんに使って、財力を見せつけたといわれることもあります。また、白の方が見栄えが良いとのこともあるようです。現在は動物保護の観点から象牙を使うことは少ないです。
クリストフォリの作ったピアノのレプリカ
こちらが、クリストフォリの作ったピアノのレプリカです。素朴な音がします。後ろにクリストフォリの肖像画がかかっていました。