アリアのいろいろ(1)

【ふじやまのぼる先生のオペラ講座(6)】

ダ・カーポ・アリア

ヘンデル(1685-1759)は、ドイツで生まれ、イギリスに帰化した作曲家ですが、ロンドンでたくさんのイタリア語によるオペラと、英語によるオラトリオを作曲しました。彼の時代、アリアといえば、「ダ・カーポ・アリア」が中心でした。「ダ・カーポ」とは、「始めに戻る」という意味の音楽用語です。「da capo」と綴るイタリア語です。楽譜上では「D.C.」と書かれていますので、お目にかかったこともあるでしょう。「ダ・カーポ・アリア」とは、「Aという部分があって、Bに移って、またAに戻る(A-B-A)」というものです。
簡単な例は「きらきら星」です。
「きらきらひかるおそらのほしよ」がAの部分
「まばたきしてはみんなをみてる」がBの部分
「きらきらひかるおそらのほしよ」のAが繰り返されます。
こんな感じのアリアが多かったのです。しかし、2回目に出てくるAの部分をただ繰り返すのではつまらないので、最初のAのメロディーを、歌手が超絶技巧を凝らした編曲をほどこして歌いました。
では、オペラ1作品の中に、どれくらいの割合で「ダ・カーポ・アリア」が出てくるでしょう。例として、ヘンデルの「ジュリオ・チェーザレ(ジュリアス・シーザー)」というオペラを見てみましょう。「ブルータス、お前もか!」で知られるシーザーですが、このオペラはシーザー暗殺よりも少し前、エジプト遠征を行い、クレオパトラと出会う頃の話です。1724年に初演されたこのオペラは、44曲で構成されていて、「アリア」と名付けられている曲は30曲です。そのうちの27曲が「ダ・カーポ・アリア」の形式で書かれています。ほとんど全てですね。前回お話ししたように、物語の進行は、その都度止まっていたのです。
「内容よりも歌手の超絶技巧を楽しみたい」という流れはある一定期間、大変な流行を見せました。しかし、だんだん観客もそれに飽きてきて、モーツァルト(1756-1791)の頃には「ダ・カーポ・アリア」は少なくなっていきます。1786年に初演された「フィガロの結婚」は、28曲で構成されていますが、「アリア」のように1人で歌う曲は14曲です。そのうち「ダ・カーポ・アリア」はありません。その他に、次回ご紹介する「カンタービレとカバレッタ」形式を先取りしていると思われるものが4曲見られます。

豆知識 「番号オペラ」

オペラはいくつかの曲が集まった集合体として作曲されていました。上記でご紹介した「ジュリオ・チェーザレ」も「フィガロの結婚」も「〇〇曲で構成」と言うことができます。その1つ1つに番号をつけることが可能なので、「番号オペラ」と呼ばれます。