言葉がわからない…(1)

【ふじやまのぼる先生のオペラ講座(16)】
オペラに対して「ちょっと近寄りがたくて…」と言われる理由の1つは、言葉がわからないことかと思います。最近のほとんどのオペラ上演では字幕が付くのでそれを追いながら鑑賞できますが、それまではどうしていたかをご紹介しましょう。

どうしたら、言葉がわかる?

演劇はシェイクスピアでもヘミングウェイでも、日本人が日本で上演するときは日本語上演ですね。翻訳家の腕の見せ所です。坪内逍遥の訳したシェイクスピアは、読みにくいけれどリズム感があって、とても面白いです。オペラも一番わかりやすいのは、上演する国の言葉に訳しての上演です。日本語で歌ってもらえば、歌詞の意味は分かりますね。面白いことを言われても、すぐに反応できます。かつて、ほとんどの国でこの方法によりオペラは上演されていました。例えば、イタリア語のオペラをドイツで上演するときにはドイツ語に、逆にドイツ語のオペラをイタリアで上演するときはイタリア語に訳していました。このブログにも何度か登場したソプラノ、マリア・カラスは、ワーグナーをイタリア語で演じ、録音も残されています。日本でも、日本人が上演するオペラは、1980年ごろまでは日本語上演が中心でした。

楽譜を見てみよう

オペラ歌手がオペラを勉強する場合、オーケストラの部分をピアノに編曲されている楽譜を使うことが多いです。このような楽譜を「ヴォーカルスコア」と言います。販売されている「ヴォーカルスコア」は、原語のみのものと、言語と訳語を併記してあるものがあります。出版する国の言葉に訳されているものが多いですね。これは現在でも続いています。2か国語併記が多いですが、なかには3か国語併記の楽譜もあります。先生の持っている楽譜の例を下記にご紹介します。これは、2つの言語に訳されたモーツァルトの「フィガロの結婚」より、“もう飛ぶまいぞ、この蝶々”の楽譜冒頭です。どちらも作曲されたイタリア語と併記されています。
まず日本語、音楽之友社の楽譜です。伊庭孝が訳しています。
フィガロ(日本語)楽譜
次はドイツ語。ドイツのペータース社から発行されているもので、Georg Schünemann(ゲオルク・シューネマン)が訳しています。
フィガロ(ドイツ語)楽譜
ネットなどで調べると、英語、フランス語、ロシア語などに訳された楽譜が見つかりました。

歌手と言語

現在のようなグローバルな時代、多くの歌手が世界中を飛び回っています。しかし、そうなる前の時代は、多くの歌手が本拠地を持っていて、その歌劇場の専属という形が多かったです。客演で他の歌劇場に出演するといっても国内か、せいぜいヨーロッパ圏内。昔の配役表を見ると、客演歌手がどこの歌劇場の専属か書かれていました。
 1940年代のウィーン国立歌劇場の配役表がありますので2つご紹介します。1つは専属劇場について、もう1つは訳詞についてです。
1 ジークフリート(1942年9月7日上演)
ジークフリート(1942年9月7日上演)配役表
ピンクの部分、ジークフリート役は「ユリウス・ペルツァー博士」がミュンヘン(バイエルン国立歌劇場)から、黄緑の部分、ブリュンヒルデ役は「マリー・テレーズ・ヘンデリクス」がケルン歌劇場からの客演です。
2 ファルスタッフ(1943年6月9日上演)
ファルスタッフ(1943年6月9日上演)配役表
「ファルスタッフ」はイタリア語のオペラですが、「ハンス・スワロフスキーのドイツ語訳で上演する(ピンクの部分)」旨の表記があります。ハンス・スワロフスキー(1899-1975)は指揮者ですが、文才にも恵まれていました。ヴェルディやグルックなどのオペラのドイツ語訳を手掛けています。