リヒャルト・ワーグナー作曲「トリスタンとイゾルデ」 Tristan und Isolde vol.2

【ふじやまのぼる先生のオペラ解説(23)】
初演:1865年6月10日 ミュンヘン 宮廷劇場

主な登場人物

登場人物一覧

登場人物相関図

登場人物相関図

時代背景

伝説上の中世

あらすじ(つづき)

第3幕 カレオール(フランス・ブルターニュ)にあるトリスタンの城
深い悲しみをたたえた前奏曲
音楽のイラスト
第3幕第1場
牧童の吹く笛の音が聞こえてくる。クルヴェナールは、深手を負ったトリスタンを故郷の城に連れ帰った。意識を取り戻したトリスタンにクルヴェナールは、早く傷を癒すことですというが、トリスタンは「そう思うのか? 私はそうではないと思う」と歌い、イゾルデへの尽きせぬ愛を歌う。クルヴェナールは、彼女を呼びよせたことを伝え、到着時には明るいメロディーを牧童に吹かせると話す。トリスタンは、イゾルデへの愛と憧れがつのり、イゾルデを乗せた船の幻覚を見るようになる。自分の運命について独白し、イゾルデとの宿命的な愛の苦しみを叫ぶと、興奮し起き上がるが、失神し倒れる。明るいメロディーが流れ、ようやくイゾルデの船が見える。
第3幕第2場
イゾルデ到着に喜ぶトリスタンは「おお、この太陽よ」を歌い、巻いてあった包帯を引きちぎり、フラフラの状態になる。イゾルデが駆けつけたその瞬間、彼はイゾルデの腕の中で「イゾルデ!」という一言を残し息絶える。
第3幕第3場
そこへもう一層船が来たことが告げられる。ブランゲーネから全てを聞いたマルケ王が二人を赦しに来るが、クルヴェナールはメロートを倒し、自らも傷つき死んでいった。死のみが支配する世界。イゾルデは「おだやかに静かに(イゾルデの愛の死)」を歌い、浄化されるように息絶える。

軽い作品

大作である四部作「ニーベルングの指環」作曲中のワーグナーは、3つ目の「ジークフリート」の第2幕まで書き終わった後、「軽い作品」を作曲しようと思い立ちます。その「軽い作品」こそ「トリスタンとイゾルデ」なのです。とても軽くはない作品になってしまいましたが。
リヒャルト・ワーグナー
リヒャルト・ワーグナー
「ローエングリン」紹介のところで、革命に身を投じ、お尋ね者になったワーグナーの話をしましたね。妻ミンナとともに流れ着いたのが、チューリヒ。富豪のオットー・ヴェーゼンドンク(1815-1896)に家屋敷を提供され、パトロンになってもらったワーグナーでしたが、おまけに奥さんの心まで掴んでしまいました。その名はマティルデ(1828-1902)。彼女が書いた詩にワーグナーは作曲しています。これが「ヴェーゼンドンク歌曲集」と呼ばれる5曲からなる歌曲です。その第3曲「温室にて」は「トリスタンとイゾルテ」の第3幕前奏曲に、第5曲「夢」は「トリスタンとイゾルデ」第2幕の愛の二重唱に、それぞれ使われています。
「トリスタンとイゾルデ」第1幕まで作曲が終わったところで、ワーグナーはチューリヒを去ります。二人の関係が周囲の知るところとなったのです。オットーは妻の行動を静観し、マティルデは家庭崩壊を望みませんでした。ワーグナーはヴェネツィアに行き、ミンナはドレスデンに帰りました。
「トリスタンとイゾルデ」は、ワーグナーとマティルデの道ならぬ恋の結晶といえましょう。先生はこのオペラが大好きです。内容ではなく音楽的に素晴らしいのです。このオペラを聴きたくて、ウィーン国立歌劇場、ベルリン州立歌劇場、ドレスデン州立歌劇場へ行きました。来日公演もベルリン・ドイツ・オペラ、ミュンヘン州立歌劇場、パリ歌劇場の演奏を聴いています。1冊だけ楽譜を持って無人島に行けと言われたら、迷いなくこのオペラのスコアを持って行きます。

「トリスタンとイゾルデ」の今後の上演

おいそれと上演できる作品ではありませんので、なかなか上演に巡り合えませんが、この8月に2種類の上演があります。
エルデ・オペラ管弦楽団での上演
2022年8月11日(木曜日・祝日)
かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール(葛飾区立石)
詳細:http://erde-opera.main.jp/ 
第1幕と第3幕のみの演奏会形式での上演です。
愛知祝祭管弦楽団での上演
2022年8月28日(日曜日)
愛知県芸術劇場コンサートホール(名古屋市東区)
 詳細:https://parsifal2013.jimdofree.com/
演奏会形式で全3幕の上演です。
どちらも暑い8月に行われる上演です。大掛かりな演技やセットは付きませんが、その分音楽に集中できると思います。乞うご期待!

参考CD

各地の歌劇場で多くの名演奏が行われていますが、このような作品になると、CDには収まりきらないです。それでも多くの良い録音が残されています。
参考CD(1)
トリスタン:ルートヴィヒ・ズートハウス
イゾルデ:キルステン・フラグスタート
指揮:ヴィルヘルム・フルトヴェングラー (1952年録音)
人類の至宝的な録音です。「最初にこれを聴いた人は幸いである」と誰かが書いていました。もう70年も前の録音なので、音質重視の人には辛いかもしれませんが、現在の演奏家が、どう頑張ってもこの音は出せません。ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)はドイツが生んだ世界最高の指揮者。晩年、この録音に取り組みました。独墺系ではないロンドンのオーケストラというのが少し残念なところですが、聴き進めていく上では全く気になりません。第二次世界大戦中、イギリスに亡命した奏者も入っていたと言いますから。その大きなうねりを伴った指揮、旋律一つ一つに込められた表現など、これに勝るものを先生は知りません。そして、不世出の大ソプラノ、キルステン・フラグスタート(1895-1962)の慈愛に満ちた歌唱。フラグスタートによる「イゾルデ」の録音は、これ以外にもたくさんありますが、総合的にみるとこれが一番ではないでしょうか。少し古い歌い方にはなりますが、ルートヴィヒ・ズートハウス(1906-1971)のトリスタンも立派です。硬軟を上手く歌いわけられる歌唱や、第3幕の嘆きなどは、他の追随を許しません。そして若きディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(1925-2012)のクルヴェナール。当時27歳ですから、巨匠の抜擢があったことは言うまでもないでしょう。後年のこの役の録音もありますが、このCDのほうがはるかに良い出来だと先生は思います。
トリスタンとイゾルデCD
これに比べると、みんな子どもみたいな録音になってしまうので、主要なもののみ紹介しますね。
録音表