ヴェルディ作曲「仮面舞踏会」 Un ballo in maschera(歌詞:イタリア語)vol.2

【ふじやまのぼる先生のオペラ解説(24)】
初演:1859年2月17日 ローマ アポッロ劇場

主な登場人物

登場人物一覧

登場人物相関図

登場人物相関図

あらすじ(つづき)

第3幕第1場 レナートの館の書斎 翌朝
アメーリアの不貞を責めるレナートは、彼女に死を求める。アメーリアはアリア「死にましょう、でもその前にお願い」を歌い、最後に子どもに合わせてほしいと懇願する。レナートはそれを許し、アリア「お前だったのか、彼女の心を汚した奴は」をリッカルドの肖像画に向かい歌う。
壺のイラスト
そこに離反者たちが現れ、レナートはリッカルド暗殺の仲間に入ることを告げる。壺にそれぞれの名前を書いた紙を入れ、アメーリアがその中の1枚を引くと、それは「レナート」の紙だった。暗殺者はレナート合言葉は「死」
第3幕第2場 リッカルドの部屋
リッカルドはこれ以上アメーリアを悩ませたくないと、夫妻を新しい任地に向かわせる辞令に署名しようとするが、決心がつかずアリア「永遠に君を失えば」を歌う。オスカルが「ある婦人から」と言って手紙を持ってくる。そこには「あなたの命を狙う一団が仮面舞踏会にいる」としたためられていた。
突然レナートが短刀で、リッカルドを背後から刺す。倒れたリッカルドは騒ぐ人々を制し、胸からレナートの辞令を取り出し、「アメーリアは潔白、暗殺者たちを赦す」と言い残しこと切れる。

検閲の話

「検閲」。広辞苑には「調べあらためること。特に、出版物・映画などの内容を公権力が審査し、不適当と認めるときはその発表などを禁止する行為をいい、日本国憲法はこれを禁止。」と書かれています。「国家権力に都合の悪いものは、世に出さないよう見張っている」のです。オペラ上演も以前はこの「検閲」のためにいろいろな障害があったのです。
「仮面舞踏会」は、本来であればナポリで初演されるために作曲されました。原作というか、元となったオペラが実在します。それはウジェーヌ・スクリーブ(1791-1861)の台本、フランソワ・オーベール(1782-1871)の作曲により「ギュスターヴ3世または仮面舞踏会」として1833年にパリで初演されたものでした。このオペラは史実に脚色されています。ギュスターヴ3世とは、オペラ初演から遡ること約40年の1792年に、ストックホルムの歌劇場で開催された仮面舞踏会中に暗殺された国王グスタフ3世(1746-1792[在位1771-1792]のことです(ギュスターヴは、グスタフのフランス語読み)。
Gustav III Sweden
 グスタフ3世 
(1746-1792)
Public domain, via Wikimedia Commons
ナポリのために、ヴェルディはこの台本をアントニオ・ソンマ(1809-1864)にアレンジさせて作曲しました。当時王政をとっていたナポリは、ナポレオン3世の治めるフランスの影響下にありました。折り悪くナポレオン3世暗殺未遂事件があり、厳しいことで知られていたナポリの検閲が、さらに厳しくなってしまいました。仕方なく初演地を他の都市に変更することにしました。これを知ったイタリア各地の劇場は、ヴェルディの新作を上演したいがために名乗り出ます。その中で、かつて演劇というかたちで「仮面舞踏会」を上演したことがあり、検閲も比較的緩やかであったことから、ローマでの初演を決めました。ローマには、王様がいないですしね。しかし「王以外が主人公で、ヨーロッパ以外での出来事」に変更するようにとの条件が付けられます。そのため、歴史的に存在しない「ボストン総督」なる地位を考え出し、名前も下記のように変更しました。
グスタフ3世→リッカルド
アンカーストレム伯爵→レナート など。
今では、スウェーデンに戻した上演も行われています。実際には秘めたる恋愛などなく、グスタフ3世は、後ろから銃で撃たれ、その後の特赦もなく、アンカーストレム伯爵は3日間鞭打ちを受け、右手を切断された上で市中を引き回された後、公開斬首刑されたとのことです。
占い師ウルリカには、実在のモデルがいて、ウルリカ・アルヴィドソン(1734-1801)といいます。グスタフ3世は、何度か彼女のもとを訪れていて、暗殺の予言もしていたとか。

参考CD

参考CD(1)
アメーリア:マリア・カラス
指揮:アントニーノ・ヴォットー 他 (1956年録音)
先生の卒業した高校は、合唱部が毎年オペラ公演を行っていました。今でも行っていて、2022年の公演は「魔笛」でした。先生は、途中から合唱部に入ったので、オペラ公演は1度しか経験していないのですが、入る直前に上演していたのがこの「仮面舞踏会」でした。先生の学年は高三の時に「カルメン」を上演しました。オペラ公演が終わり、合唱部を引退し、受験までのしばらくの間にマリア・カラスの歌う「カルメン」のCDを買い、「仮面舞踏会」もカラスの録音があることを知り、買ったのがこのCDです。世は平成に移り、消費税が導入された年。画像の税込み価格が3%であるのが、時間を感じさせますね。
さて、演奏ですが、カラスのための録音と言っても過言ではありません。生涯の盟友であったジュゼッペ・ディ・ステファノの、明るくはっきりとしたリッカルド、強面を演じさせたらピカ一のティト・ゴッビ、ドスの効いた占い師にピッタリなフェドーラ・バルビエーリ。それらの歌手を上手くまとめるアントニーノ・ヴォットーの指揮。しかもカラスは舞台で歌うことなくこの録音に臨んだとか。ちなみにカラスがアメーリア役で舞台に立ったのはこの録音の翌年のこと。そのライヴ録音も残されているので、興味のある方はぜひ。
カラスCD
参考CD(2)
アメーリア:ジョセフィン・バーストウ
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン 他(1989年録音 画像の1985年は間違い)
カラヤン最後のオペラ録音です。この年の4月に、長年強い関係にあったベルリン・フィルの芸術監督辞任しています。先生は、「ウィーン・フィルとの関係を強めるのかな」と思っていました。その矢先の7月に急逝してしまいました。前日まで、この年のザルツブルク音楽祭で上演予定だった「仮面舞踏会」のリハーサルを行っていたと言いますから、本当に急逝だったのです。カラヤンの常で、オペラ上演の前に録音を行い、上演の際は映像収録を行う。そのため遺されたのがこのCDです。カラヤンお気に入りの歌手が集められています。死の年のせいなのでしょうか、テンポ感はとてもゆったりとしています。プラシド・ドミンゴの美声、レオ・ヌッチの憂い、ウィーン・フィルの艶。聴きどころ満載のCDです。検閲前の形での収録です。
カラヤンCD
参考CD(3)
アメーリア:クラッシミラ・ストヤノヴァ
指揮:ヘスス・ロペス・コボス 他 (2016年録音)
ウィーン国立歌劇場での上演のライヴ録音です。その艶やかな美声で、様々な主役の座を射止めた、ブルガリア出身のソプラノ、クラッシミラ・ストヤノヴァのアメーリアが絶品です。ストヤノヴァは、1998年に「カルメン」のミカエラでウィーン国立歌劇場にデビューしています。その後重い声の役も手掛け、先生は彼女の歌う「ばらの騎士」の元帥夫人に感動しました。グスタフのピョートル・ベチャワは、ポーランドのテノール。彼も1998年に「魔笛」のタミーノでウィーン国立歌劇場にデビューしています。実は先生はこの「魔笛」を聴いていて、素直な発声の良いテノールだと思った記憶があります。彼もその後重い役も手掛け、「ローエングリン」のタイトルロールまで、幅を広げました。アンカーストレムのドミトリー・ホロストフスキー(1962-2017)。彼の容姿を一目でも見た人は、決して忘れることはないでしょう。ノーブルな歌声で人々を魅了しました。しかし脳腫瘍を患い、55歳で亡くなったのが残念の極みです。総合的にみて(聴いて)、「劇場の今」を切り取った記録として、価値のある録音です。こちらも検閲前の形です。
ウィーンCD