ガエターノ・ドニゼッティ作曲「ランメルモールのルチア」 Lucia di Lammermoor (歌詞:イタリア語)vol.2

【ふじやまのぼる先生のオペラ解説(25)】
初演:1835年9月26日 ナポリ サン・カルロ劇場

主な登場人物

登場人物一覧

登場人物相関図

登場人物相関図

あらすじ(つづき)

17世紀 スコットランド
第2部 「結婚証明書」​
第1幕 第1場 レーヴェンスウッド城内のエンリーコの部屋
エンリーコはルチアの結婚を進めているが、ルチアに拒否されることを恐れている。部下に命じ、エドガルドからの手紙をすべて奪い、ルチアのもとに届かないようにし、エドガルドが心変わりしたという偽の手紙を用意させる。
ルチアが現れ、二重唱「恐れに色を失うならば」となり、お互いに自分の言い分を歌う。エンリーコに結婚するよう迫られたルチアは、すでに誓った人があると訴える。これでもかと、エドガルドの心変わりの手紙を渡され悲嘆にくれるルチア。外からは花婿到着の音楽が聞こえてくる。念を押し、迎えに赴くエンリーコ。
信頼する家庭教師でもあるライモンドが入れ替わりに現れ、エドガルドからの返信がないことは、心変わりを裏付けるものと告げられ、「何事も諦めるのです」と諭されたルチアは、いやいやながら兄の勧める相手との結婚に同意する。
第1幕 第2場 レーヴェンスウッド城内の大広間
結婚式。ルチアの花婿アルトゥーロを皆が讃える。アルトゥーロはエンリーコへの友情を歌う。エンリーコはアルトゥーロに、「母の死の悲しみがまだ癒えていないので」とルチアの現状を説明する。そこにルチアが無表情に表れる。兄に強要され、ルチアが結婚証明書にサインをしたまさにその時、エドガルドがその場に乱入してくる。一触即発。六重唱「誰が私の怒りを納められよう」で皆それぞれの胸の内を歌う。ルチアが結婚証明書にサインをしたことを知ったエドガルドは、ルチアの行動を非難し、ルチアの手から指環を抜き取り、床に叩き付ける。大混乱のうちに幕となる。
結婚証明書のイラスト
第2幕 第1場 荒れ果てたヴォルフェラグ城内の古い塔(以前この場面は、多くの場合カットされていた)
嵐。エドガルドは一人たたずみ、嵐と自分の運命とを重ね合わせ物思いに沈んでいる。その嵐をついてエンリーコが現れ、ルチアは今頃新床にいざなわれているとエドガルドの嫉妬をあおり、あざ笑う。そして二人は、明朝夜明けに、エドガルドの祖先の墓の前で決闘を行い、この闘争にけりをつけると、二重唱「太陽よ、もっと早くのぼれ」を歌う。
第2幕 第2場 レーヴェンスウッド城内の大広間
婚礼の夜、祝宴に浮かれる招待客のところへ蒼ざめたライモンドが現れ、「ルチアの部屋から」を歌い、ルチアが発狂し新床で新郎を刺し殺し、剣を手にしたまま「私の夫はどこ?」とほほ笑んだことを告げる。そのルチアが血まみれのまま祝宴の場に現れる。有名な狂乱の場「あの方の優しいお声が聞こえる」。このことを聞いたエンリーコは愕然とする。ルチアは超絶技巧を披露したのち、気を失って倒れる。
第2幕 第3場 ヴォルフェラグ城外のエドガルドの祖先の墓前
エンリーコとの決闘を前に、先祖の墓の前にたたずむエドガルド。アリア「間もなく私に安息の場を」。そこに城内から来た男たちが、哀れな女の話をしながら通り過ぎる。胸騒ぎを覚えたエドガルドが詳しく話を聞くと、ルチアは意に沿わない結婚のため発狂し、エドガルドを求め虚ろにさまよい、間もなく最後の時が訪れると告げられる。そして彼女の死を告げる鐘が鳴り響く。ルチアに一目会いたいと走るエドガルドのもとにライモンドが現れ、ルチアの死を告げる。それを知ったエドガルドは自らの胸に刃を突き立てて、ルチアと天国で結ばれることを願い息絶える。ライモンドは神の許しを願い幕となる。

豆知識「狂乱の場」

このオペラ最大の聴き所は、ルチアの「狂乱の場」でしょう。イタリアオペラやフランスオペラ、特に「ベルカント」と呼ばれるイタリアオペラに多く取り入れられている「狂乱の場」。主人公が狂ってしまうのですね。ルチアの場合、政略結婚させられた上に、恋人にも捨てられてしまう。そんな状況で狂ってしまい、新婚の旦那を殺し、血まみれで歌います。しみじみ歌うのではありません。超超超超絶技巧を駆使して歌うのです。さらに、ルチアを歌ってきたソプラノたちによって、楽譜にはない色々な技巧がさらに盛り込まれ、いま私たちが聴くような形に創り上げられました。2020年の「ふじのくにオペラweek」のページで、第5回コンクール第1位だった光岡暁恵さんの名唱を聴くことができます。光岡さんは、藤原歌劇団に所属していて、藤原歌劇団の公演でもルチアを2度演じています。いわば、十八番のような役だと先生は思っています。
光岡暁恵さん「ふじのくにオペラweek」インタビュー&アリア歌唱
※下のバナーをクリックするとYouTubeの動画ページが開きます。
静岡国際オペラコンクール公式YouTubeチャンネルはこちらから
(9分50秒くらいから、光岡さんの解説とともにお楽しみください)
アリアで、最後にオーケストラが沈黙し、歌手だけが技巧を凝らした歌唱を披露することがあります。カデンツとかカデンツァとか呼ばれます。これはピアノ協奏曲ヴァイオリン協奏曲でも見られますね。ルチアのカデンツは一風変わっていて、フルートを伴って歌われます。ルチアとの掛け合いのため、オーケストラピット内のフルートの位置を、普段とは変える場合もあるようです。フルートの代わりにグラス・ハーモニカ(アルモニカ)を使うこともあります。ワイングラスに水を少し入れて、ふちを指でこすると不思議な音がしますね。これを発展させて、音階が演奏できるようにしたものをグラス・ハーモニカと呼びます。モーツァルトの後期の作品にグラス・ハーモニカ用の曲があります。
2011年メトロポリタン歌劇場が来日した時に、グラス・ハーモニカの伴奏で、ルチアが狂っていました。得も言われぬ雰囲気で、ソプラノのディアナ・ダムラウの妙技と相まって、聴いていた先生も狂いそうでした。
浜松の楽器博物館にあった、グラス・ハーモニカです。これは単純にワイングラスを並べただけのものですが、機能的に向上させたものもあります。
グラス・ハーモニカ
グラスハーモニカ
他の「狂乱の場」としては、ドニゼッティの「アンナ・ボレーナ」、ベッリーニの「海賊」「清教徒」、フランスオペラではトマの「ハムレット」などがあります。往年のマリア・カラスやエディタ・グルベローヴァなど、名ソプラノによる「狂乱の場」を集めたCDが発売されています。

参考CD

参考CD(1)
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
ルチア:マリア・カラス 他 (1955年録音)
カラスのベルリンでの「ルチア」ライヴ録音です。1954年1月、ミラノ・スカラ座カラヤンとのコンビで大成功を収めた「ルチア」は、1955年9月にはベルリンで、また1956年6月にはウィーンで、ミラノ・スカラ座の客演という形で上演されました。これはそのベルリンでの公演を収めたライヴ録音です。さすがにオーケストラまでは連れて来られなかったとみえて、ベルリンのRIAS交響楽団が務めています。1955年のカラスは、八面六臂の大活躍を見せていて、スカラ座での「アンドレア・シェニエ」「夢遊病の女」「椿姫」「ノルマ」(すべてライヴ)、ローマでの「ノルマ」、夏には「蝶々夫人」「アイーダ」「リゴレット」スタジオ録音をスカラ座と行っていて、すべて聴くことができます。その他、録音のないスカラ座での公演や、アメリカでの3つのオペラ出演など、枚挙にいとまがありません。ベルリンの観客はイタリアとは違い、熱狂的ではありますが節度を持った拍手と感じました。しかしながら、第2部第1幕第2場の六重唱「誰が私の怒りを納められよう」は、あまりに拍手により、アンコールしているので、2回聴くことができます。
カラヤンのCD
参考CD(2)
指揮:トゥリオ・セラフィン
ルチア:マリア・カラス 他 (1959年録音)
カラスは、このレコード会社と契約を結び、最初に「ランメルモールのルチア」を1953年にモノラル録音しています。その後、ステレオ録音の技術が確立したとき、再録音されたのがこのCDです。同じセラフィンの指揮ではありますが、オーケストラはイギリスのフィルハーモニア管弦楽団、エドガルドは、フェルッチョ・タリアヴィーニが務めています。カラスのルチアは完璧ですが、やはりライヴで燃えるタイプ。傷のないきれいな状態の歌唱を求めている方には最適な録音かと思います。
セラフィンのCD
参考CD(3)
指揮:ジュゼッペ・パターネ
ルチア:エディタ・グルベローヴァ 他(1978年録音)
2021年、惜しまれつつ亡くなったグルベローヴァ。生まれは、現在のスロヴァキアの首都ブラチスラヴァ。ウィーンとは50kmの距離に生まれた彼女は、1970年「魔笛」夜の女王役でウィーン国立歌劇場にデビューしています。その後、ウィーン国立歌劇場で大きな評判を呼んだ役が「ランメルモールのルチア」ルチア役と、リヒャルト・シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」ツェルビネッタ役です。この2役は1970年代から歌い始め、最後の出演は2役とも2009年でした。ルチアは88回、ツェルビネッタは97回、30年以上、この超難役を歌い続けることができる驚異的な歌手でした。このCDは、ルチア役でウィーン国立歌劇場にデビューした時のライヴ録音です。彼女はその後1983年、1991年、2002年と、計4つのCDを残しました。表現としては、その後の録音のほうが勝っていますが、このCDで、もうすでに女王の風格が備わっています。先生は幸運にも、1995年にグルベローヴァのルチアをウィーン国立歌劇場で観ることができました。狂乱の場が凄すぎて、その後のエドガルドのアリアの記憶がありません。そのくらい、完璧なルチアでした。
ルチアのCD
参考CD(4)
指揮:イオン・マリン
ルチア:シェリル・ステューダー 他 (1990年録音)
ステューダーは、第6回静岡国際オペラコンクールの審査委員としてお招きした、アメリカ人のソプラノです。7回8回とご縁がなかったのですが、第9回コンクールでは、再び審査委員としてお招きできることになりました。彼女は、こういったベルカントのソプラノも録音していますが、その反面「サロメ」のタイトルロールや「タンホイザー」エリーザベトなど、ドイツもののドラマティックなソプラノも得意とし、録音も多いです。このルチアも、純粋なベルカントとは少し違うところからのアプローチで、とても興味深いです。カラスや劇場のライヴ録音では、かなりのカットが見られますが、このCDはほぼ全曲を聴くことができます。
シェリル・ステューダー
シェリル・ステューダー
ステューダーのCD
参考CD(5)
指揮:ヘスス・ロペス=コボス
ルチア:ディアナ・ダムラウ
2011年に先生が観たメトロポリタン歌劇場の来日公演の2年後の録音、ルチアはそのダムラウです。この録音もグラス・ハーモニカが使われています。ドニゼッティはこのオペラに愛着があったのか、歌手の希望も強かったのか、いろいろなヴァージョンを残しています。全曲をフランス語に訳したもの(少し内容にも手を入れています)、移調したもの、伴奏の形を少し変えたもの、など。このCDも、ルチアの登場のアリア「あたりは沈黙に閉ざされ」は、私たちが普段耳にするよりも、半音高く演奏されています。ダムラウの輝かしい歌声は、ここでも伸びやかに聞こえます。ちなみに、ライモンドを歌うニコラ・テステは、私生活でのダムラウの夫。このCDの解説を務めるのは、静岡国際オペラコンクール企画運営委員の岸純信先生。岸先生によると、手稿譜と現行版との間には、100か所以上の違いがあるとか。聞きなれた方には、耳新しい音も聞こえます。
ダムラウのCD