「利口な女狐の物語」または「アイツは賢い女のキツネ」

【ふじやまのぼる先生のオペラ解説(31)】
これは、レオシュ・ヤナーチェク(1854-1928)の作品で、彼は、独特な感性のもと、9作品のチェコ語によるオペラを作曲しています。今回は、オペラシアターこんにゃく座が「利口な女狐の物語」を、日本語に訳し「アイツは賢い女のキツネ」として上演します。ヤナーチェクのオペラ、面白いですよ。
ヤナーチェクは、当時オーストリア帝国が支配していたモラヴィアの作曲家です。モラヴィアとは、現在のチェコ共和国の東部の英語名称で、チェコ語では「モラヴァ」、ドイツ語では「メーレン」といいます。中心都市はブルノ。この街では、ニューイヤーコンサートでおなじみの「ラデツキー行進曲」で知られるヨーゼフ・ラデツキー伯爵(1766-1858)、メンデルの法則で知られるグレゴール・ヨハン・メンデル(1822-1884)、画家のアルフォンス・ミュシャ(1860-1939)などが誕生しています。以前ご紹介したコルンゴルトも、ブルノ生まれでしたね。ヤナーチェクは7月生まれなので、今年の7月にご紹介します。お楽しみに。
~今月の作曲家~「コルンゴルト」(2022年5月) (オペラコンクールブログ「トリッチ・トラッチ」)
https://www.suac.ac.jp/opera/blog/2022/05/00123/
このオペラはヤナーチェクの9つあるオペラの7番目の作品です。チェコ語で「Příhody lišky Bystroušky」と綴られ、直訳すると「機転の利く女狐の物語」となります。原作は、ブルノの新聞「リドヴェー・ノヴィニ」に掲載された、スタニスラフ・ロレク(1873-1936)の絵に、ルドルフ・ティエスノフリーデク(1882-1928)が書いた連載物語でした。当時ヤナーチェク家の家政婦がこれを愛読し、ヤナーチェクに作曲を持ち掛けたのがきっかけでオペラとなりました。ヤナーチェクは、ティエスノフリーデクに相談したうえで、自分で台本を書き作曲します。
チェコ語のオペラは上演が難しく、チェコ以外ではその土地の言語での翻訳上演が長く続いていました。先生がこのオペラを観たのはベルリン・ドイツ・オペラでしたので、ドイツ語で上演されていました。動物がたくさん出てくる、一見して子ども向けオペラのようなので、子ども連れの家族が多くいたことを覚えています。でも、このオペラ、実は…。
「ベルリン・ドイツ・オペラ」のプログラム
「ベルリン・ドイツ・オペラ」のプログラム。題名もドイツ語表記で、ペーター・ブレンナードイツ語訳で歌われるとの表記があります。

「利口な女狐の物語」

あらすじ

*場の「」は、ヤナーチェクが書いた「レジュメ」のようなものです。
第1幕第1場 黒く乾いた森の峡谷。暑い夏の午後。「どのようにしてビストロウシカをつかまえたか」
穴熊が穴から出て、パイプをふかしている。かえるやとんぼが踊っているが、突然みな姿を消す。密猟を取り締まる猟場番が銃を持って登場し、木の下で疲れを癒し眠り込む。彼の血を吸ったを、かえるが捕まえようとする。子狐ビストロウシカが登場、かえるを見ていたずらする。かえるは驚いて跳び上がり、猟場番の鼻の上に落ちる。猟場番は目を覚まし、ビストロウシカを見つけて捕まえ、子どもたちの待つ家へ連れて行く。
物語のイラスト
第1幕第2場 湖畔にある猟場番の家の前の庭。秋の午後。「湖畔の猟場番の庭でのビストロウシカ ~ 政略家ビストロウシカ ~ ビストロウシカ逃げ出す」
犬のラパークが、寂しそうなビストロウシカを慰める。もうじき恋の季節がやって来ると話すラパークに、自分はまだ恋を知らないが、鳥たちが恋しているのは知っていると答えるビストロウシカ。猟場番の息子のペピークが友達を連れてくる。彼は、ビストロウシカを棒でつつくので、ビストロウシカは怒ってペピークにかみつき、逃亡を企てる。しかし騒ぎを聞きつけ現れた猟場番につかまり、ビストロウシカは縄で縛り上げられてしまう。夜が更け、ビストロウシカは眠ってしまう。美しい間奏曲。夜が明ける。雄鶏は繋がれているビストロウシカを見て笑い、雌鶏は卵を産もうと歌う。その様子を見て、ビストロウシカは「女が虐げられて働く時代は終わった」と演説するが、鶏たちには理解できない。腹いせにビストロウシカは鶏たちを殺し、縄をかみ切って逃げ出す。
第2幕第1場 第1幕第1場と同じ森の峡谷。秋の午後。「ビストロウシカ横取りする」
ビストロウシカが穴熊の家を覗いている。穴熊は他人の家を覗くなと怒る。ビストロウシカはそんなに広い家なのだから、ちょっとくらいいいじゃないかと応酬する。さらに森の生き物たちの同情をさそうので、穴熊は仕方なく穴を出ていき、ビストロウシカはその穴を手に入れる
第2幕第2場 パーセクの経営する村の居酒屋。夜。
蚊にそっくりな校長と猟場番がトランプをしていて、穴熊にそっくりな司祭がそれを見ている。猟場番が歌を歌って校長の恋のことを冷やかす。校長は女狐の話を持ち出し猟場番に逆襲する。校長と司祭が帰り、猟場番は酒を飲み続けるが、パーセクにまた女狐の話を持ち出されるので、「逃げた」と言い残し出て行く。
第2幕第3場 月夜の森の中の小道。ひまわりの茂み。「ビストロウシカの色仕掛けのいたずら」
酔っぱらった校長が、小道を千鳥足で歩いてくる。それを見たビストロウシカは、ひまわりの茂み顔をのぞかせ校長をからかう。校長はビストロウシカを、片思いの相手テリンカだと思い駆け出すが、ひまわりの茂みにはまってしまう。司祭もご機嫌で現れ、昔の恋の思い出を回想している。それを見守るビストロウシカ。猟場番だけは、その幻惑が女狐と認識し発砲するが弾は当たらない。驚く校長と司祭。
第2幕第4場 ビストロウシカの巣穴の前。夏の月明りの夜。「ビストロウシカの求婚と結婚」
ビストロウシカは、美しい雄狐ズラトフシュビテーク恋に落ちる。ビストロウシカは、これまでのいきさつを彼に話し、雄狐は狩に行って、ビストロウシカの大好物であるうさぎを持って帰ってくる。彼らは互いに愛を告白し、二人で巣穴の中に消える。翌朝、きつつきの司祭役で二人は結婚式をする。動物たちの婚礼のバレエが始まる。
第3幕第1場 森のはずれ。良く晴れた秋の昼間。「ビストロウシカはリーシェニュから来たハラシタを出し抜く ~ ビストロウシカはどのようにして死んだか」
行商人ハラシタは、猟場番にテリンカと結婚すると話す。猟場番は死んだうさぎと狐の足跡を見つけ、ハラシタの密猟かと疑うが、ビストロウシカの仕業と読み、罠を仕掛ける。ビストロウシカは罠に気付き、雄狐や子どもに気を付けるよう話し、罠から遠ざける。ハラシタは籠に鶏を入れて戻ってきて、狐を見つける。狐の襟巻きをテリンカにプレゼントしてやろうと、ハラシタは狐たちを捕まえようとする。ビストロウシカはおとりとなり逃げ回り、その間に雄狐と子どもたちはハラシタの鶏を食べてしまう。子どもをかばったビストロウシカは、ハラシタに撃たれてしまう
第3幕第2場 パーセクの居酒屋の庭。九柱戯場。
物思いにふける校長に猟場番は、ビストロウシカの足跡をたどったが巣穴はからだったと話す。校長はテリンカが今日結婚するというので、涙を隠せない。パーセクの妻は、テリンカが婚礼用の新しい狐の襟巻きを持っていたと話す。猟場番は、校長を慰めるが、自分たちも年をとったんだと語り店を出て行く。
第3幕第3場 第1幕第1場と同じ森の峡谷。日暮れ時。「赤ちゃんビストロウシカ『なんてまあ、お母さんに似ているんだ』」
若い頃のことを思い出しながら家路についていた猟場番は、一休みしようと座るが寝入ってしまう。夢の中には様々な動物たちが現れるが、そのなかにビストロウシカの姿がはっきりと表れる。目を覚ました彼は、ビストロウシカにそっくりな若い女狐に気付く。今度はしっかり捕まえようとするが、捕まえたのは子狐ではなく子がえるだった。子がえるいわく、「あの時、鼻の上に落ちたのは自分のおじいさんだよ」と。猟場番は、輪廻転生の不思議に限りない感動を覚える。
物語のイラスト
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原作は、第2幕の結婚の場面で終わっています。しかし、ヤナーチェクは第3幕の内容を自作し、公開しました。新聞などで物語を知っている観客は、相当面食らったと言います。このあらすじをお読みになって、子ども向けのメルヘンオペラ以上のものが内包されていることはお気付きでしょう。

「あいつは賢い女のキツネ」の上演

最近国内では、ヤナーチェクのオペラはあまり上演されません。こんにゃく座の公演が久々ではないでしょうか。
オペラシアターこんにゃく座での上演
世田谷パブリックシアター(世田谷区太子堂)
2023年2月17日~19日(全5公演)
詳しくは、こんにゃく座のHPをご参照ください。
https://www.konnyakuza.com/produce/
「オペラシアターこんにゃく座」とは、自国語のオペラ作品をレパートリーとし、恒常的にオペラを上演する専門のオペラ劇団として設立された団体です。多くのレパートリーを持ち、東京などで一定数の上演を行うとともに、全国各地の学校や演劇鑑賞教室などへの巡回公演も行っています。先生の後輩が団員にいるので、時々観に行かせてもらっていますが、日本語が美しくきちんと聞き取れることにいつも感心しながら鑑賞しています。今回の上演は、オリジナルの作品ではなく、訳詞上演。こんにゃく座ならではの上演が行われることでしょう。お聴き逃しなく!
劇場の舞台のイラスト

参考CD

2つご紹介しますね。
参考CD (1)
指揮:サー・チャールズ・マッケラス
ビストロウシカ:ルチア・ポップ
猟場番:ダリボル・イェドリチカ 他(1981年録音)
サー・チャールズ・マッケラス(1925-2010)は、オーストラリアの指揮者です。膨大なレパートリーを持ち、とくにヤナーチェクの演奏で知られています。チェコ語のオペラをチェコ人以外が演奏するのは本当に大変なのですが、若いころプラハで勉強した経験を活かし、チェコ人にチェコ語で指示を出し大変驚かれたそうです。ウィーンフィルの独特な東欧訛りのある音を、マッケラスはうまく引き出しています。先生の大好きなルチア・ポップ(1939-1993)のビストロウシカを是非お聴きください。
参考CD
参考CD (2)
指揮:サー・サイモン・ラトル
ビストロウシカ:リリアン・ワトソン
猟場番:サー・トーマス・アレン 他(1990年録音)
これは、英語訳詞による録音です。言葉はチェコ語よりもすっと入ってきます。何よりラトルの指揮を聴くべき録音でしょう。ヤナーチェクの音楽語法に慣れるために聴くには良い録音です。これで慣れたら、ぜひオリジナルのチェコ語でお聴きいただければと思います。
参考CD