ベッリーニ作曲「ノルマ」 Norma(イタリア語)vol.2

【ふじやまのぼる先生のオペラ解説(35)】
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初演:1831年12月26日 ミラノ・スカラ座

主な登場人物

登場人物一覧

登場人物相関図

登場人物相関図

あらすじ(つづき)

紀元前50年頃 ガリア地方
第2幕 第1場 ノルマの住居
ノルマは2人の子どもを道連れに死のうとするが、子どものかわいい寝顔を見ると、手にかけることはできない。アダルジーザを呼び、彼女に子どもを託し、自分は死ぬと告げる。二重唱「ああ、あなたと一緒に」。アダルジーザは、自分が身を引くので、ポッリオーネにノルマとの仲を戻すように頼むと言う。美しい二重唱「そう、この命が尽きるまで」
第2幕 第2場 ドルイドの森
ガリアの戦士たちは、ローマ人襲撃の準備を整え、神託の下るのを今や遅しと待っている。オロヴェーゾは彼らにアリア「ああ、ローマの屈辱的な支配下に置かれ」を歌い、ローマへの怒りを露わにする。
第2幕 第3場 神殿の中
ノルマは、アダルジーザの説得にもかかわらず、ポッリオーネが提案を拒否したことを聞き怒りに満ち、神殿の上にある銅鑼を3回叩く。彼女は集まってきた人々に「ローマ人を討て」と命ずる。そこに立ち入り禁止の聖域にポッリオーネが入り込んでいたと捕らえられ連れてこられる。オロヴェーゾは彼を短剣で刺そうとするが、ノルマは自分が殺すと言い、皆を下がらせる。2人きりになったノルマとポッリオーネ。ノルマは、アダルジーザを捨て自分の元に戻るなら命は助けるが、拒否するなら2人とも生贄にすると、二重唱「ついにあなたは私の手中に」で迫るが、彼は拒絶する。
イラスト1
ノルマは怒り、再び皆を集める。そして、「この中に裏切り者がいるので、その巫女を生贄にする」と叫び、火刑台を用意させる。皆驚く中、「それは自分」と告白する。次いでアリア「裏切られた心」を歌い、今までのいきさつを話す。オロヴェーゾに子どもたちのことを託す。本当の愛に目覚めたポッリオーネとともに、2人は火刑台に連れていかれる。
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先日ご紹介した、ケルビーニの「メデア」。子どもまで作っておきながら他の女に心変わりした男。復讐に燃える女。この構図は、「ノルマ」と全く同じです。しかし「メデア」は、子どもを殺し自殺するのに対し、「ノルマ」は、子どもを託し二人で死に向かう。この点は大きく違います。

豆知識「ノルマ歌いとアダルジーザ」

マリア・カラス(1923-1977)、ジョーン・サザーランド(1926-2010)、モンセラート・カバリエ(1933-2018)…。これらの歌手に共通しているのは、「ノルマ歌い」として知られていることです。「ノルマ」は誰でも歌える役ではありません。ドラマチックな歌唱力を求められるとともに、細かく音を動かす「アジリタ」のテクニックも必要です。「ノミがリュックしょって富士登山」という歌があります。例えが適切かどうかわかりませんが、そのくらい両極端な2つの要素を求められます。国内では頻繁に公演があるオペラではないのですが、時々思い出したように上演があります。それは、「ノルマ」を人前で歌っても問題のない歌手が現れたということ。機を逃さず鑑賞に出かけましょう。
アダルジーザを「メゾソプラノ」として紹介しています。19世紀前半は、ソプラノとメゾソプラノの線引きが曖昧だったこともあり、長らくメゾソプラノで歌われてきました。またクリスタ・ルートヴィヒ(1928-2021)、フィオレンツァ・コッソットなど、これまで多くのメゾソプラノがアダルジーザを歌い録音を残してきました。しかし、楽譜の指定は「ソプラノ」なのです。ノルマ歌いでご紹介したカバリエは、アダルジーザ役でも録音を残しています。初演でアダルジーザ役を歌ったジュリア・グリジ(1811-1869)はソプラノで、彼女が初演した他の役としては、ベッリーニの「清教徒」のエルヴィーラドニゼッティの「ドン・パスクアーレ」のノリーナなどソプラノの役があげられます。ポッリオーネが心変わりをする相手としては、ノルマよりも若い=軽いソプラノの方が合っている気もします。また、第2幕の二重唱「そう、この命が尽きるまで」は、ノルマとアダルジーザが同じ旋律を交互に歌うところがあり、ソプラノ同士のほうが美しさは倍増するように思えます。そんな理由からか、最近はソプラノで歌われることも増えています。
リコルディのヴォーカルスコアより
Nがノルマ、Aがアダルジーザの歌う部分です。
まったく同じ音型が、交互に歌われるのがよくわかります。
スコア

参考CD

参考CD(1)
指揮:トゥリオ・セラフィン
ノルマ:マリア・カラス 他(1955年録音)
これは、とんでもない録音です。カラスの歌っている「ノルマ」の録音は、断片のものを含めると、両手では足りないくらいの数になります。このCDの5年後に、同じセラフィンの指揮するミラノ・スカラ座のオーケストラとのスタジオ録音が有名です。しかしこのCDは、それよりも熱い演奏です。またカラスの喉の調子も、このCDの方が良いようです。もちろん一発勝負のライヴ録音なのでそれなりの傷もありますが、そんなことが気にならなくなるような素晴らしい演奏です。因縁のデル・モナコとの火花散る共演も、聴き所です。
CD1
参考CD(2)
指揮:フリードリヒ・ハイダー
ノルマ:エディタ・グルベローヴァ 他(2004年録音)
エディタ・グルベローヴァ(1946-2021)は、1968年にデビューしました。このコーナーにも何度か登場していただきましたので、ご記憶の方もいるでしょう。彼女はとても慎重な歌手で、「オペラなどの上演があった次の日は歌わない」とか、「屋外では歌わない」など、自分を厳しく律して常に万全の状態で演奏を行ってきました。そんな彼女に各地のオペラハウスから「ノルマ」を歌ってほしいというリクエストは相当前からあったといいます。そんな時「キャリアの終わりで喉をだめにしてもよくなったら歌う」と冗談を言っていたようです。しかし「ノルマ」を歌いたいという思いは相当あったようで、慎重に慎重を重ねて歌う時期を見極めていたそうです。ノルマを歌って声を潰したソプラノは、意外と多いのです。そんなグルベローヴァが初めて「ノルマ」を歌ったのは、なんと東京でした。2003年のことです。この機を逃してなるものかと、先生も会場へ出かけました。演奏会形式でしたので、音楽に集中でき、他を圧する存在感のある「ノルマ」を堪能しました。他のキャストも素晴らしい歌手だったと思うのですが、残念ながら記憶に残りませんでした。その時の配役表です。
配役表
このCDはその1年後の録音です。彼女の若いころのキンキラキンの歌声ではなく、年齢を経て一層磨きのかかった歌声で歌われるノルマは、カラスとは違った意味で豪華絢爛です。有名なアリア「清き女神」をグルベローヴァはト長調で歌っています。出版されている楽譜ではヘ長調。なので、一音上げているんですね。これには理由があって、ベッリーニはこのアリアをト長調で書いていたのですが、初演でノルマを歌ったジェディッタ・パスタ(1797-1865)に一音下げるよう要請されたとか。それ以来ヘ長調で歌われるのが普通です。ちなみに指揮のハイダーは、グルベローヴァの旦那さんです。アダルジーザを歌うエリーナ・ガランチャも、とても印象的な歌手で、もったいない配役です。
CD2
参考CD(3)
指揮:ジョヴァンニ・アントニーニ
ノルマ:チェチーリア・バルトリ 他(2011,2013年録音)
このCDが発売されたとき、先生は本当にびっくりしました。なぜって?ノルマ役がメゾソプラノで、アダルジーザ役がソプラノなんです。これまでの前提をひっくり返す配役なんですから。チェチーリア・バルトリは、このコーナーでもチェネレントラ役でご紹介しましたね。とても優秀で頭の良い歌手だと先生は思っています。このCDの解説書によると、研究者による様々な学術調査の結果、「ノルマはメゾソプラノで歌うのが本来の姿」とのこと。「参考CD(3)」でもご紹介したように、初演でノルマを歌ったジェディッタ・パスタについていろいろ調べてみると、「本来はメゾソプラノやアルトの声域を持ち、さらにソプラノの音域をもカバーできる歌手」ということがわかりました。アリア「清き女神」を一音下げるように要請したのも、自分の声がより良く生かされるためだったのでしょう。アダルジーザ役のスミ・ジョーは、韓国のコロラトゥーラソプラノ。若い巫女アダルジーザの感じがよく出ています。また、オーケストラはノルマが初演された当時の楽器により演奏され、チューニングは現在よりも低くされているとのこと。まさにベッリーニが意図したことの再現です。その他、「ノルマ」の調査成果が演奏に反映されているので、従前のノルマに慣れている人にはとても新鮮に聞こえます。先生も最初は違和感がありましたが、こういう演奏もアリかなと思うようになりました。
CD3