R.シュトラウス作曲「ナクソス島のアリアドネ」 Ariadne auf Naxos(歌唱ドイツ語) Vol.2

【ふじやまのぼる先生のオペラ解説(40)】

参考CD

古くから多くの録音が存在します。先生も思い入れのあるオペラなので、たくさんの紹介になってしまいました。お許しくださいね。
参考CD(1)
指揮:カール・ベーム
アリアドネ:マリア・ライニング
バッカス:マックス・ローレンツ
作曲家:イルムガルト・ゼーフリート
ツェルビネッタ:アルダ・ノニ
音楽教師:パウル・シェフラー 他 (1944年録音)
これは、1944年6月11日に行われたウィーン国立歌劇場でのライヴ録音です。6月11日はR.シュトラウスの誕生日、またこの年は80歳の誕生日でもありました。この時期、第二次世界大戦のドイツ側の戦況は、はかばかしくなく(オーストリアは、ドイツに併合されていました)、ウィーン国立歌劇場も、この年の6月30日、ワーグナーの「神々の黄昏」の上演をもって、戦時下における休場を余儀なくされます。その前の最後の輝きが、シュトラウス生誕80年を記念した一連のシュトラウス作品の上演でした。「ナクソス島のアリアドネ」のほか、オペラでは「ばらの騎士」「サロメ」「影のない女」「ダフネ」、バレエでは「ヨゼフの伝説/クープラン組曲」が上演されました。
戦前のウィーン国立歌劇場の上演を記録したこれらのCDは総じて音が良くないのですが、この録音は、80年前とは思えないほどクリアに聞こえます。このオペラを「私のオペラ」と呼んでいたオーストリアの指揮者カール・ベーム(1894-1981)の安定の指揮は、この当時からのものなのですね。ベームは、R.シュトラウスとの親交もあり、「無口な女」「ダフネ」初演を指揮しているほか、「ダフネ」はベームに献呈されています。
CD1
参考CD(2)
指揮:カール・ベーム
アリアドネ:リーザ・デッラ・カーザ
バッカス:ルドルフ・ショック
作曲家:イルムガルト・ゼーフリート
ツェルビネッタ:ヒルデ・ギューデン
音楽教師:パウル・シェフラー 他 (1954年録音)
こちらは(1)のちょうど10年後のザルツブルク音楽祭での公演録音です。同じ役を歌う歌手がいますね。ベームはウィーンの歌手を育て上げ、まるで「ファミリー」かと思う豊かなウィーン・アンサンブルを創り上げました。バッカスのルドルフ・ショックが当時ハンブルクの所属だった以外は、皆ウィーンの歌手です。戦後の録音だけあって、音質もさらに聴きやすく、また音楽祭という熱気も相まって、極上の音楽を楽しむ事ができます。
CD22
参考CD(3)
指揮:カール・ベーム
アリアドネ:グンドゥラ・ヤノヴィッツ
バッカス:ジェームズ・キング
作曲家:アグネス・バルツァ
ツェルビネッタ:エディタ・グルベローヴァ
音楽教師:ワルターベリー 他 (1976年録音)
(2)の録音からさらに20年後の録音。こちらはウィーン国立歌劇場でのライヴです。1950年代のウィーン・アンサンブルも素晴らしく粒ぞろいなのですが、その後のウィーンのメンバーもよく揃っていて、「本当にライヴ録音なの?」と思うことがあります。この録音の華は、何と言ってもエディタ・グルベローヴァ(1946-2021)のツェルビネッタ。よく「この上演でグルベローヴァがツェルビネッタ役でロールデビューし、圧倒的な成功を収めた」という記述を見るのですが、この役でのロールデビューは、1973年の9月ということになっています。そのことを度外視しても、彼女の歌唱は圧倒的。後年の録音に、自在さではかないませんが、センセーショナルな上演には変わりありません。(2)で、「かつら師」を演じていたワルター・ベリー(1929-2000)が、ここでは音楽教師へと成長しています。
CD3
参考CD(4)
指揮:ヴォルフガング・サヴァリッシュ
アリアドネ:アンナ・トモワ=シントウ
バッカス:ジェームズ・キング
作曲家:トゥルデリーゼ・シュミット
ツェルビネッタ:エディタ・グルベローヴァ
音楽教師:ワルターベリー 他 (1982年録音)
本来ならばベームが振るはずだったこの公演。残念ながら前年の夏にベームは他界します。公演を引き継いだのは、バイエルン州立劇場の音楽総監督だったヴォルフガング・サヴァリッシュ(1923-2013)。NHK交響楽団にたびたび客演し、テレビ放送もされたことから、皆さんもよくご存知かと思います。ベームは生前「私の後を任せられるのは、サヴァリッシュしかいない」と言っていたとか。(3)と共通している歌手も多く、グルベローヴァは、この上演の方がこなれ感はあります。どちらも捨てがたい名演です。
CD4
参考CD(5)
指揮:ジュゼッペ・シノーポリ
アリアドネ:デボラ・ヴォイト
バッカス:ベン・ヘップナー
作曲家:アンネ・ゾフィー・フォン・オッター
ツェルビネッタ:ナタリー・デセイ
音楽教師:アルベルト・ドーメン 他 (2000年録音)
2001年に「アイーダ」指揮中に亡くなったジュゼッペ・シノーポリ(1946-2001)。彼は、1992年にシュターツカペレ・ドレスデン(ドレスデン州立歌劇場の専属オーケストラ)の指揮者に就任し、両者の関係は良好であったため、2002年からドレスデンの州立歌劇場の音楽総監督に就任する予定でした。しかし、就任する前年に亡くなってしまいました。その間にいくつかのR.シュトラウスのオペラ録音が残されたのは、僥倖としか言いようがありません。歌手もオーケストラも大変良い演奏を行っています。「士官=Ein Offizier」に今を時めくスターテノール、クラウス・フローリアン・フォークトの名前が見えます。彼は、1998年にドレスデンのメンバーとなり、仕事を始めたばかりだったので、後年歌うことになるバッカス役ではなかったのですね。
CD5
番外編
指揮:ケント・ナガノ
アリアドネ:マーガレット・プライス
バッカス:イェスタ・ヴィンベルイ
ツェルビネッタ:スミ・ジョー 他 (1994年録音)
これは、1912年に初演されたヴァージョンに近い録音で、序幕の代わりに「町人貴族」が収められています。日系のケント・ナガノはリヨン国立オペラの音楽監督を1989年から1998年までの約10年間務めており、意欲的な上演で一時期は、「首都のオペラより良い」と評判をとったことがありました。ナガノは「サロメ」もフランス語ヴァージョンで録音するなどひねった録音を遺しています。
CD6
先生が初めてこのオペラを観たのは、1995年のことでした。その前年の1994年10月25日に、東京都交響楽団の第397定期演奏会で、「町人貴族」と「ナクソス島のアリアドネ」を融合させたものを、演奏会形式ではありましたが観ています。この日は、この作品が初演されてから、ちょうど82年後にあたります。上のケント・ナガノの録音のようなヴァージョンでした。「町人貴族」は、若杉氏による日本語の台詞で上演され、「アリアドネ」はドイツ語で、ウィーン版に寄っていたと記憶しています。
プログラム1
ツェルビネッタの大アリアだけは、それ以前にグルベローヴァのコンサートで聴いていましたので、どちらの公演も、これをオペラの中で歌うなんて本当にすごいことだと感動した記憶があります。
いちばん記憶に残っているのは、2000年に上演された、ウィーン国立歌劇場の引っ越し公演でした。今となっては伝説となっている1980年のウィーン国立歌劇場の初の引っ越し公演の再演とばかり、同じ演出で上演されました。何とその時と共通している歌手が3人いて、ツェルビネッタを歌うグルベローヴァ、作曲家のアグネス・バルツァ、そして舞踏教師のハインツ・ツェドニクです。演出は、参考CD(3)の時に初演されたものですから、24年もたったものです。しかし本当に贅沢な上演だったことを今でも覚えています。また、名テノールとして知られたヴァルデマール・クメント(1929-2015)が、執事長の役で出ているのも感激ものでした。なお、このサンジュストによる演出の上演はDVDにもなっていますので、ご覧になった方も多いと思います。しかもその後2011年まで続けられたと言いますから、良いものは長く持つものです。
プログラム2