ヴェルディ 二題 Vol.2 「マクベス」「シモン・ボッカネグラ」(1)

【ふじやまのぼる先生のオペラ解説(41)】
9月には、レアなヴェルディのオペラ上演が2つあり、その後紹介をしました。今回は、11月にヴェルディのそんなに上演機会の多くない作品の公演があります。「vol.2」として、その2つのオペラについてご紹介します。1つは1847年に初演された「マクベス」、もう1つは1857年に初演された「シモン・ボッカネグラ」です。この2つのオペラ、題名がバリトンの主人公の名前というほか、改定されたヴァージョンが現在のスタンダードとなっている作品という共通点があります。
ヴェルディのイラスト
ジュゼッペ・ヴェルディ
今回は、「マクベス」をご紹介します。

「マクベス」

言わずと知れたシェイクスピアを原作とするオペラで、ヴェルディは、3つのオペラをシェイクスピア原作によっています。以前紹介した「二人のフォスカリ」「ルイザ・ミラー」の間に書かれています。この頃のヴェルディは本当に大忙しで、一年にニ作品のオペラを初演している年もあり、作品の出来不出来が大きい時代でもあります。そんな中、オペラ発祥の地であるフィレンツェから新作の依頼がありました。ヴェルディは、所属歌手の状況を調査し、優秀なバリトンを確保できるとの情報を得て、「マクベス」を作曲しようという気になったようです。
「二人のフォスカリ」と同じく、フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ(1810-1876)に台本を依頼しましたが、大筋の文章は自分で書いてしまったので、それをオペラの台本として仕上げるのがピアーヴェの仕事でした。その仕事を気に入らなかったヴェルディは、何度も書き直させた挙句、詩人のアンドレア・マッフェイ(1798-1885)にも書き換えさせる始末。ピアーヴェに、さんざん馬鹿にする(3歳も先輩なのに!)言葉を送ったヴェルディでしたが、全9作品の台本をピアーヴェに依頼しています。ピアーヴェがよほど人気者だったのか、彼の心が広かったのか。
100回(一説には150回)以上に及ぶリハーサルの後、1847年3月14日に、フィレンツェのペルゴラ劇場で初演されました。リハーサルの成果もあり、上演は充実したものでしたが、熱狂的に迎えられたという感じではなく、第2回目の上演の方が、熱狂的だったと言います。ヴェルディの音楽語法が当時としてはかなり野心的だったため、すぐには理解が難しかったということもあると思われます。
その後の上演は、イタリアの検閲事情もあり、あまり盛んにおこなわれませんでした。王を殺して王となるという話ですからね。1つの転機となったのは、初演から18年後にパリでの上演機会を得たことにあります。1865年、パリのテアトロ・リリックで「マクベス」が上演されることになります。ワーグナーもそうですが、ヴェルディもパリという街には並々ならぬ神経と敬意を抱いていました。すでに「シチリア島の夕べの祈り」を初演したり、「第一回十字軍のロンバルド人」を改作した「イェルザレム」を上演したりしていました。このころアカデミー・フランセーズ外国人会員に任命されたということもあり、非常な情熱をもって「マクベス」を改作します。劇場としては、歌詞をフランス語に改め、バレエを追加するだけで良かったのですが。こうして現在上演されるヴァージョンが出来上がりました。
「マクベス」は、シェイクスピアの中でも比較的知られた戯曲です。仕えている王を殺し、自分が王になるという。いわば下克上的な内容が目を引きますが、この当時はそういったことは珍しいことではなかったようです。それよりも、その後の自責の念に駆られた表現を、役者や歌手がいかにできるか、という点が本来のドラマなのでしょう。ちなみに、オペラの登場人物のほとんどが、実在します。

あらすじ

1040年~1057年 スコットランド

主な登場人物

登場人物一覧
第1幕第1場 暗い森の中
魔女たちが歌い踊っている。そこにマクベスバンクォーが通りかかる。魔女たちは二人の未来を予言し、消える。「マクベスは、コーダーの領主となり、やがてスコットランドの王になる」。そして、「バンクォーは王の親となる」。そこへ使者が現れ、マクベスがコーダー領主に任命されたことを伝える。二人は予言が当たったことに驚き、家路に着く。再び魔女たちが現れ、またマクベスは私たちに会いに来るだろうと歌う。
第1幕第2場 マクベスの居城の大広間、夜
マクベス夫人は、夫からの不思議な予言についての手紙を読み、アリア「野望に満ちて」で、自らの野心を歌う。そこにダンカン王もこの城を訪れるとの知らせが。夫人は、カバレッタ「立て、地獄の使者よ」を歌い狂喜する。
マクベスが帰ってくる。ダンカン王は無事到着。夫人はためらうマクベスに短剣を持たせ、王を刺殺するよう仕向ける。マクベスはモノローグ「短剣が目の前に」を歌い、取りつかれたように王の寝室へと入る。刺殺後戻ってきたマクベスは、夫人とともに二重唱「宿命的な妻よ」を歌い、刺殺の顛末を語る。夫人は眠り込んでいる衛兵にマクベスに付いた返り血を塗り付け、退場する。
翌朝、王を起こしにやってきたマクダフバンクォーは、刺殺されたダンカン王を発見、驚いて皆に知らせる。人々は一様に驚愕し、犯人に神の罰の下ることを祈る。
第2幕第1場 場内の一室
マクベスはスコットランドの王となったが、「バンクォーは王の親となる」という予言が気になって仕方がない。マクベス夫妻は刺客を使い、バンクォー親子を殺すことにする。マクベスが去った後、夫人は「邪魔者は消す」とアリア「光は衰え」を歌う。
第2幕第2場 マクベスの居城に近い公園 夜
刺客たちが公演の隅々に隠れ、バンクォーたちが来るのを待っている。バンクォーは不安を感じ、アリア「天から影が落ちて」を歌う。刺客が二人を襲う。バンクォーは自分が盾となって、息子を逃がす
第3場 マクベスの居城の大広間
王就任を祝う宴が開かれ、夫人は「乾杯の歌」を歌う。そこへ刺客が現れ、マクベスに事の次第を報告する。するとマクベスは、バンクォーの亡霊が宴席に座っているのを発見し取り乱す。しかしそれはマクベスにしか見えていない。夫人が「乾杯の歌」を繰り返しても、祝宴は白けるばかり。人々はマクベスの行動に不審を募らせる。
第3幕 魔女たちの棲む洞穴
魔女たちが踊っている。マクベスが現れ、再び自分の将来について助言を求める。魔女たちは「マクダフに注意」「女から産まれた者は、マクベスを倒せない」「バーナムの森が動かない限り負けることはない」と予言する。バンクォーの子どもについて訊ねるが、魔女はそれには答えず、歴代の王の亡霊を出現させる。最後にバンクォーが現れると、マクベスは気絶する。夫人がマクベスを探してやって来る。二人はバンクォーの息子とマクダフを殺すことを誓う。
第4幕第1場 スコットランドとイングランドの国境近くの荒野
マクベスに追われ、イングランドに逃れた人々「虐げられた祖国」を歌い、嘆いている。居城を焼かれたマクダフは、アリア「父のこの手は」で、妻と子どもをマクベスに殺された悲しみを歌う。マルコムが現れ、二人はマクベスへの復讐を誓う。そして、バーナムの森の木を切るよう作戦を立てる。
第4幕第2場 マクベスの居城 夜
マクベス夫人は精神を病み、夢遊病となって、アリア「まだここに血痕が」と歌いながら、手に付いた血を取るしぐさをし、城内を徘徊している。
第4幕第3場 マクベスの居城の一室
マクベスは、マルコムたちがイングランドを味方に付け攻めてきたと知り、アリア「哀れみも、誉れも、愛も」を歌い、反撃を命じる。そこへ、マクベス夫人が狂死したこと、そしてバーナムの森が動き出したことを知り、戦場へと赴く。
第4幕第4場 戦場
マクベスとマルコムの軍勢は善戦を繰り広げ、マクベスとマクダフの一騎討ちとなる。マクベスは、「女から産まれた者は、マクベスを倒せない」と言うが、マクダフは帝王切開で生まれたため、ひるまない。マクベスは、マクダフの刃に敗れ死ぬ。勝利を収めたマルコム軍は、勝利を祝う。

豆知識「きれいな声じゃダメ!?」

「ベルカント」という言葉、このブログでもよく出てきますね。直訳すると、「美しい歌」となります。美声のことですね。しかしある時、ナポリでマクベスを上演する際、とても美貌で美声の歌手がマクベス夫人を歌うことになりました。彼女の声はまさにベルカントには打って付け。それを聴いたヴェルディは、「マクベス夫人は、完璧に歌うのではなく、不快でくぐもった声でなければ」と望んだそうです。
 このオペラは、日生劇場で上演されます。
オペラ歌手(女性)のイラスト
2023年11月11日(土)、12日(日)
日生劇場(千代田区有楽町)
詳しくは、日生劇場のHPをご覧ください。

参考CD

決定版と呼ばれるものは、存在しません。みな一長一短があります。
参考CD(1)
指揮:ヴィクトル・デ・サバータ
マクベス:エンツォ・マスケリーニ
マクベス夫人:マリア・カラス 他 (1952年録音)
ミラノ・スカラ座で、戦後初のマクベスでした。フィレンツェでの初演後、しばらくは、散発的な上演がありましたが、1874年から65年弱上演がなく、1938年の年末から1939年の年始にかけて4回が上演されました。その後の上演がこのCDです。何と言ってもマリア・カラス(1923-1977)を聴くべきCDです。
CD1
参考CD(2)
指揮:トーマス・シッパーズ
マクベス:ジュゼッペ・タッデイ
マクベス夫人:ビルギット・ニルソン 他 (1964年録音)
ジュゼッペ・タッデイ(1916-2010)は、先生にとってはコミカルな役でインプットされているので、こんなにシリアスなタッデイを聴けるとは思っていませんでした。また、ワーグナー歌いで知られるビルギット・ニルソン(1918-2005)のマクベス夫人の素晴らしいこと!先生の師匠がヨーロッパにいたとき、「ニルソンのトスカがある」と言われて、不承不承聴きに行ったのですが、その素晴らしさに圧倒された、と話していたように、イタリアオペラでもその実力を発揮しています。指揮が弱いのが難点ですが、気になりません。なお、第3幕のバレエは省略されています。
CD2
参考CD(3)
指揮:クラウディオ・アバド
マクベス:ピエロ・カップッチッリ
マクベス夫人:シャーリー・ヴァーレット 他(1976年録音)
クラウディオ・アバド(1933-2014)の一連のヴェルディ録音は、一聴に値するものばかり。また学者肌の彼は、一ひねりした録音を遺しています。このCDも、改訂版では省略された幕切れの「マクベスのモノローグ」を復活させています。ピエロ・カップッチッリ(1926-2005)のノーブルなマクベスが、だんだん崩壊していく様は、聴いていて舞台が思い浮かぶほど。ドミンゴのマクダフも脇役にしておくにはもったいないほどの熱演です。
CD3