ヴェルディ 二題 Vol.2 「マクベス」「シモン・ボッカネグラ」(2)

【ふじやまのぼる先生のオペラ解説(41)】
「マクベス」に引き続き、今回は、「シモン・ボッカネグラ」をお届けします。

「シモン・ボッカネグラ」

ヴェネツィアのフェニーチェ劇場からの依頼によって書かれたオペラです。「シモン・ボッカネグラ」も実在の人物を取り上げたオペラで、海賊でしたが、ジェノヴァの初代総督(ドージェ)を務めた人物で、1363年に亡くなっています。
それまで大忙しのヴェルディでしたが、1863年に同じフェニーチェ劇場で初演した「椿姫」からは、二年に一作という割合で、オペラを書き進めています。1857年に初演された「シモン・ボッカネグラ」は、ヴェルディの「イル・トロヴァトーレ」の原作者でもある、アントーニオ・ガルシア・グティエレス(1813-1884)の同名の戯曲をもとにしています。劇場との協議の中で、この戯曲をオペラにすることに異論はなく、これも「椿姫」と同じく、フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ(1810-1876)により台本化され、作曲されました。
しかし初演は、これも「椿姫」と同じく大失敗。今回は、ヴェルディも認める失敗だったようです。聴衆からの冷ややかな反応とは裏腹に、批評家からは、好意的に受け止められたようです。
その後このオペラは、ヴェルディとアッリーゴ・ボーイト(1842-1918)を繋げる作品となります。このオペラを埋もれさせるにはもったいないと考えたのは、リコルディ社の当時の社長ティト・リコルディ(1811-1888)でした。彼は、両者のこれまでのあまり良くない関係を考慮し、最初から組ませてオペラ一本を書かせる無謀には出ませんでした。まずはお試しということで、「シモン・ボッカネグラ」の台本をボーイトに書き換えさせてヴェルディに見せ、両者の関係を良好なものにし「シモン・ボッカネグラ」の改訂版を作らせます。1881年にミラノ・スカラ座で初演された改訂版は、圧倒的な成功を収めます。現在上演される多くの場合、改訂版が使用されます。

あらすじ

14世紀中頃 ジェノヴァ

主な登場人物

登場人物一覧
プロローグ ジェノヴァの広場
貴族派平民派の対立に揺れるジェノヴァ。パオロは、初代総督に元海賊の平民派シモン・ボッカネグラを推そうとしている。しかし、シモン自身には政治的な野心はない。しかし、貴族派のアマーリアとの恋をその父から反対され、二人の間に生まれた子どもにも会えぬシモンに、パオロたちは、「総督になれば、父親の態度も変わるのでは」とささやく。アマーリアの父は、貴族派でシモンの政敵フィエスコであり、彼によりアマーリアは、館に閉じ込められていた。ついにシモンは、総督選挙への出馬を決意する。
フィエスコは、打ちひしがれた姿で館から出てくる。そしてアリア「哀れなる父の胸は」を歌い、館に別れを告げる。シモンが現れ、フィエスコに和解マリアとの結婚を願う。フィエスコは、シモンとマリアの娘を返すなら和解に応じると言うが、娘は行方不明。和解はならず、フィエスコは立ち去る。いつもは閉まっている館の扉が開いているのに気付いたシモンが中に入ってみると、そこには死せるマリアがいた。館から飛び出してきたシモンは、民衆の「シモン総督ばんざい!」との歓呼の声で迎えられる。
第2幕第2場 マクベスの居城に近い公園 夜
刺客たちが公演の隅々に隠れ、バンクォーたちが来るのを待っている。バンクォーは不安を感じ、アリア「天から影が落ちて」を歌う。刺客が二人を襲う。バンクォーは自分が盾となって、息子を逃がす
第1幕第1場 プロローグから25年後 グリマルディ伯爵邸
アメーリアは、ある老人代父として暮らしていた。この老人は実はフィエスコだが、お互い祖父孫とは知らなかった。アメーリアが、アリア「この仄暗い夜明けに」を歌うと、彼女のもとへ恋人のガブリエーレが現れる。ジェノヴァ総督となったシモンは、パオロとアメーリアを結婚させようとしていたので、その前にガブリエーレとアメーリアは、老人に二人の結婚を願い出る。老人はガブリエーレに、アメーリアが孤児であることを告げるが、ガブリエーレはそれでもと願う。
シモンの到着が告げられ、老人とガブリエーレはその場を去る。シモンはアメーリアに、パオロとの結婚を持ち出すが、アメーリアは、財産目当てのパオロとは結婚しないし、自分はグリマルディ家の娘ではないと身の上を明かす。シモンはアメーリアが自分の娘であることに気付き、25年ぶりの再会を喜ぶ。
シモンはパオロに、結婚は無しと告げると、パオロはシモンを恨み、アメーリアをさらう計画を立てる。
第1幕第2場 ジェノヴァ共和国の大会議場
平民派、貴族派が居並ぶ議場で、議会が開かれている。そこへ外から騒音が聞こえ、暴動が起こったとの知らせが舞い込む。シモンの命によりドアが開けられると、ガブリエーレと老人が議会場に駆け込んでくる。ガブリエーレは、アメーリアが誘拐され、それを命じたのはシモンだと叫び斬りかかる。そこにアメーリアが現れ、二人を遮り、首謀者は他にいることを告げる。首謀者が誰か気付いたシモンは、ガブリエーレと老人を牢に入れると、皆の前で首謀者を呪い、パオロにも呪いの言葉を唱えさせる。パオロは、震えながら自分で自分を呪う
第2幕 宮殿内の総督の部屋
パオロは、シモンの水差しに毒を入れる。牢屋からガブリエーレと老人が連れてこられる。老人をフィエスコと見破ったパオロは、シモンの暗殺を持ちかける。フィエスコは断り牢屋に戻される。ガブリエーレは、シモンがアメーリアを弄んでいるとパオロから言われ、アリア「心に燃え上がるのが判る」を歌い、激怒する。ガブリエーレは現れたアメーリアにシモンとの関係を尋ねるが、彼女は清らかな愛と答える。そこへシモンが現れるので、ガブリエーレは物陰に隠れる。アメーリアはガブリエーレを愛していることを伝え、シモンは罪を悔い改めるのなら許そうと約束する。
水差しのイラスト
シモンは水差しの水を飲み、睡魔に襲われ眠る。ガブリエーレは、手に短剣を持って、シモンを殺そうと近づく。アメーリアがそれに気付き、止める。目を覚ましたシモンは、自分がアメーリアの父親であることを明かす。ガブリエーレはシモンに忠誠を誓う
第3幕 宮殿の内部
老人は釈放され、パオロは反逆罪で捕らえら処刑場へ向かう。シモンの前に現れた老人は、「自分こそフィエスコ」と名乗る。シモンは、これで和解ができると喜び、アメーリアこそわが娘と告げる。
衰弱したシモンの前にアメーリアとガブリエーレが登場、シモンは老人がアメーリアの祖父フィエスコであることを明かす。シモンは残された者たちの平和を祈り、ガブリエーレを次の総督に任命して息絶える。
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このオペラは、新国立劇場で上演されます。
2023年11月15日(水)、18日(土)21日(火)、23日(木・祝)、26日(日)
新国立劇場(渋谷区本町)
詳しくは、新国立劇場のHPをご覧ください。

参考CD

以前は知る人ぞ知るオペラでした。
参考CD(1)
指揮:ジャナンドレア・ガヴァッツェーニ
シモン:ピエロ・カップッチッリ
アメーリア:カーティア・リッチャレッリ
ガブリエーレ:プラシド・ドミンゴ 他 (録音年不明)
ジャナンドレア・ガヴァッツェーニ(1909-1996)は、オペラの神さまのような指揮者です。派手さは全くなく、あるオペラファンは、このCDを「レクイエム」と呼んでいました。カップッチッリも、最後までノーブルな音色を崩さず、第4回コンクールで審査委員を務めていただいたリッチャレッリも透明感あふれるアメーリアを歌っています。また、若き日のドミンゴの輝かしいガブリエーレ。なんともツボを押さえたCDです。
CD1
参考CD(2)
指揮:クラウディオ・アバド
シモン:ピエロ・カップッチッリ
アメーリア:ミレッラ・フレーニ
ガブリエーレ:ホセ・カレーラス 他 (1977年録音)
ミラノ・スカラ座のジョルジョ・ストレーレル(1921-1997)の舞台は、来日公演もあったのでご覧になった方もいらっしゃると思います。美しい舞台に美しい音楽。先生はこのCDの第1幕冒頭の部分が大好きで、クラリネットで教会の鐘を模した音に何とも感銘を受けました。カップッチッリは、(1)より力強く、柔軟に歌っているように思えます。ミレッラ・フレーニ(1935-2020)のアメーリアは本当に模範的に響きます。カレーラスのガブリエーレは、本当にノーブル。ドミンゴとはまた違った良さがあります。
CD2
参考CD(3)
指揮:クラウディオ・アバド
シモン:レナート・ブルゾン
アメーリア:カーティア・リッチャレッリ
ガブリエーレ:ヴェリアーノ・ルケッティ 他 (1984年録音)
ミラノ・スカラ座の演出を、ウィーン国立歌劇場に持ってきたときのライヴ録音です。リッチャレッリは、(1)よりものびのび歌っている印象があります。ウィーンのオーケストラの音って独特なので、人によっては「イタリア的でない」というかもしれません。しかし、ライヴの熱気に溢れた録音です。ファーストチョイスには向きませんが、聴き込んだ人にはお勧めします。
CD3