~今月の作曲家~「アイネム」Vol.2 (2024年1月)

【ふじやまのぼる先生の作曲家紹介(25)】

アイネム(つづき)

アイネムのオペラ

ダントンの死

ジョルジュ・ダントン(1759-1794)は、フランス革命期政治家です。山岳派と呼ばれる急先鋒のグループに属していました。党員が立法議会の最も高い位置の議席に座っていたため、山岳派と呼ばれますが、その中も「ロベスピエール派」「エベール派」「穏健派」の3つに分かれていました。ダントンは、穏健派のトップとして存在感がありました。それがもとで、この物語が始まります。
原作は、ゲオルク・ビューヒナー(1913-1837)の同名作品で、ビューヒナーが生前発表した唯一の作品でもあります。アルバン・ベルク(1885-1935)のオペラ「ヴォツェック」もビューヒナー原作ですね。また、ドイツの作曲家ヴォルフガング・リームのオペラ「ヤーコプ・レンツ」もビューヒナー原作。このオペラも日本でも上演されたことがあります。映像も発売されていますので、興味のある方はどうぞ。
あらすじ
主な登場人物
登場人物リスト
オペラの舞台は1794年のパリ。
第1部第1場 部屋
ダントンは政治の表舞台から身を引き、人生を謳歌していたが、ロベスピエールは自らを革命の守護者とみなし、恐怖政治を展開していた。カミーユ・デムーランは、友人のダントンとエロー・ド・セシェルに、無実の人間が処刑されたことを報告する。ダントンはロベスピエールのかつての戦友であり、ロベスピエールに対して何かをしなければならないと考える。
第1部第2場 パリの街角
暗い路地で、若い男がハンカチを持っていたという理由だけで民衆にリンチされそうになる。ロベスピエールが現れ群衆を揺さぶり、さらなる処刑を約束する。ダントンはロベスピエールを探し出し、恐怖政治を終わらせるよう懇願する。しかし、彼の嘆願は聞き入れられなかった。ダントンが去った後、熱血漢のサン・ジュストはロベスピエールに、ダントン、エロー・ド・セシェル、カミーユは自分にとって危険な存在であると説得し、逮捕するよう勧める。ロベスピエールはその助言に従い、革命指導者を煽動し、三人全員を逮捕し、裁判にかけるよう仕向ける。
イラスト1
第1部第3場 部屋
ダントンはカミーユとその妻リュシールに自分が逮捕されることを告げるが、彼は逃げようとしない。
第2部第4場 一方は刑務所前の広場、もう一方は刑務所内の部屋
ダントンたちは逮捕され、投獄される。カミーユは牢獄に収監されたことで、心を病んでしまう。牢獄の前の広場に群衆が集まる。ダントンを支持する者、反対する者。大騒動が起こる。
第2部第5場 革命裁判所
囚人たちは革命裁判所に連行される。裁判長は、囚人たちは革命の敵と共謀していると非難した。ダントンは熱弁をふるい、当初は民衆を味方につけることに成功したかに見えた。しかし、その成功は長くは続かなかった。狡猾なサン・ジュストが雇った二人の証人の発言によって、ダントンたちは死刑宣告される。
第2部第6場 ギロチンのある革命広場
革命広場は高揚した雰囲気に包まれる。民衆がラ・カルマニョールを歌い始める中、ダントンと仲間たちはラ・マルセイエーズを歌う。処刑後、民衆は散り散りになる。最後のシーンでは、カミーユの妻リュシールが、気が狂ってしまったのか、ギロチン台の足場の階段に上がり、涙を流しながら「死という名の死神がいる..」と歌う。彼女は「国王万歳」と叫び、逮捕される。
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何とも壮絶なオペラです。主な登場人物の全てが、結果としてギロチンの露と消えるのです。フランス革命とは、一種の狂気の産物だったのではないでしょうか。先生は、このオペラと、ジョルダーノの「アンドレア・シェニエ」、プーランクの「カルメル会修道女の対話」をフランス革命オペラ三部作と思っています。3つとも、劇中で革命歌が象徴的に歌われ、効果的に使用されています。
このオペラは1947年にザルツブルク音楽祭で初演され、現代オペラとしては異例の成功をおさめます。そのかいあってか、ザルツブルク音楽祭では、新作オペラの初演が続くことになります。初演はオットー・クレンペラー(1885-1973)が指揮する予定でしたが、キャンセルしてしまいました。その代わりを引き受けたのが、当時30代半ばのフェレンツ・フリッチャイ(1914-1963)で、見事に代役を果たし、これまた名前が知れ渡ることになります。クレンペラーのキャンセルは、健康面とも作品面とも言われています。

参考CD

参考CD(1)
指揮:フェレンツ・フリッチャイ
ダントン:パウル・シェフラー
カミーユ:ユリウス・パツァーク
リュシール:マリア・チェボターリ 他 (1947年録音)
初演のライヴ録音です。マリア・チェボターリ(1910-1949)のリュシールの切々たる歌が印象に残ります。この録音の2年後に、肝臓癌で亡くなるとは。実演を聴いてみたかった歌手の一人です。音は良くないですが、フリッチャイの生き生きとした指揮ぶりが見えるよう。男性陣はがんばっていますが、ゲンダイオンガクに苦戦しているように思えました。
参考CD(1)
参考CD(2)
指揮:ローター・ツァグロセーク
ダントン:テーオ・アダム
カミーユ:ヴェルナー・ホルヴェーク
リュシール:クリスティーナ・ラキ 他 (1983年録音)
初演から36年後のザルツブルク音楽祭でのライヴ録音です。現代音楽に強いツァグロセークウィーン放送交響楽団の演奏は盤石です。このオペラの入門には打って付けの録音かと思います。解説と歌詞のテキストが付いているのも嬉しいところです。
参考CD(2)
原作の原語と日本語訳も、手に入れることができます。アイネムは、師匠のブラッハーとともにオペラの台本を制作しています。と言っても二人の名前は「eingerichtet=再構築」として明記されており、テキストはあくまでビューヒナー作となっています。再構築は、登場人物を少なくした関係で、セリフを話す人物を換えたこと。また、32の「Szene=場面」でできていたのを17とし、大きな流れは変えずに台詞の位置を入れ替えたことなどです。それ以外の変更はあまり見られず、ビューヒナーの原作を踏襲しています。
参考書籍(1)