プーランク作曲「カルメル会修道女の対話」 Dialogues des carmélites (歌詞:フランス語)

【ふじやまのぼる先生のオペラ解説(44)】
フランシス・プーランク(1899-1963)については、以前「今月の作曲家」で紹介しましたね。その時は、あまり詳しくオペラについてお話しできなかったので、今回たくさんお話ししようと思います。プーランクについては、こちらをご覧くださいね。

~今月の作曲家~「プーランク」(2022年1月)(オペラコンクールブログ「トリッチ・トラッチ」より)
👉/opera/blog/2022/01/00093/
プーランクは3つのオペラを作曲しているということは、以前のブログでお話ししました。その中で、一番大きな規模を誇るのが、「カルメル会修道女の対話」です(以下「対話」と記します)。このオペラについてひも解いてみましょう。
1953年、プーランクは、リコルディ社の社長グイド・ ヴァルカレンギ(1893–1967)から、スカラ座のために「バレエ」の作曲を依頼されます。しかしプーランクは、何か声楽のための作品の委嘱を希望しました。グイドは、すぐに「対話」についてのオペラ化を提案します。
「対話」は、ドイツの作家ゲルトルート・フォン・ル・フォール(1876–1971)が1931年に発表した「断頭台の最後の女(Die Letzte am Schafott)」という長編小説が原作です。この小説は、フランス革命当時教会は弾圧され、フランス北部コンピエーニュの修道院にいた16人の修道女たちがギロチンの露と消えたことを題材としています。ル・フォールは、生き残った修道女が書き残した「証言」をもとにこの小説を書きあげました。第二次世界大戦後の1947年、この小説を映画化するため、ジョルジュ・ベルナノス(1888-1948)に脚本制作が依頼されます。残念ながらベルナノスの脚本は、映画には向かないとして、放置されることになってしまいました。その後、演劇作品として1951年にチューリヒでドイツ語により上演され、評判を呼ぶことになります。
CarmélitesComp02
"Une" carmélite, Public domain, via Wikimedia Commons
ルイ・ダビドによる
コンピエーニュの16人のカルメル派修道女
さて、「対話」を提案されたプーランクでしたが、相当迷っていたと言います。「イタリアで恋愛以外のオペラが受け入れられるだろうか?」しかし、このベルナノスの脚本を読んだプーランクは、ある一文を読んだとき突然インスピレーションが湧き、すぐにグイドに作曲する意思を伝えます。しかし、様々な権利や支払いといった「大人の事情」で、作曲はなかなか進みませんでした。そんな中、私生活でのパートナーであったルベールが大病を患い、プーランクも精神的に不安定となり入院します。そして彼との死別。それは、オペラの完成する時のことでした。そういったすべてのことが、このオペラには反映されていると感じます。
初演は、依頼のあったミラノ・スカラ座において、イタリア語訳で行われました。またフランス語での初演は、同年6月21日に、パリ・オペラ座にて行われました。現代オペラの初演としては異例の大成功をおさめたと言います。
初演:1957年1月26日 ミラノ・スカラ座

主な登場人物

登場人物一覧

あらすじ

1794年 フランス革命下
第1幕第1場 ド・ラ・フォルス侯爵家の書斎
ド・ラ・フォルス侯爵は、うたた寝を息子の騎士ド・ラ・フォルスに妨げられる。騎士は、邸外の喧騒の様子から、ブランシュの身を案じていた。戻ってきたブランシュは、俗世への恐怖からコンピエーニュの修道院へ入りたいと告げる。
修道院イラスト
第1幕第2場 カルメル会修道院の応接室
数週間後、ブランシュは修道院長クロワシーと面会する。なぜ修道女になりたいか問われると、「ヒロイックな生涯を送りたいから」と答える。修道院長はそれをたしなめ、修道院は世俗からの避難所ではない、祈るところであり、弱さが試されると説く。それでもブランシュの意思は変わらない。ブランシュは受け入れられる。
第1幕第3場 修道院内食物受領室
いつも明るいコンスタンスに対しブランシュは、病身の修道院長がいるのに不謹慎だと言う。コンスタンスは、死に対して恐れはなく、修道院長のためなら代わりに死ぬこともできると言い、初めて会った日から、私たちは若くして同じ日に死ぬような気がしていると告げる。
第1幕第4場 修道院の中の病室
修道院長は死に瀕しており、マザー・マリーにブランシュのことを頼む。やって来たブランシュと直接話し、ブランシュは退出する。その直後、修道院長は病の苦痛に錯乱する。ブランシュが再び来ると修道院長は正気を取り戻し、死の恐怖に襲われたことを神に許しを乞うと、亡くなる。静かに幕が降りる。
第2幕第1場 礼拝堂
ブランシュとコンスタンスは、蓋の開いている修道院長の棺の番をしている。時計が鳴り、コンスタンスは交代を呼びに行く。一人になったブランシュは、急に恐怖に襲われ持ち場を離れると、折り悪くマリーに見つかる。マリーはブランシュの性格を理解しているので、ブランシュの部屋まで送る
第2幕幕前劇1 修道院の庭
ブランシュとコンスタンスは、修道院長の墓を飾る花の十字架を作る。コンスタンスは、次の修道院長にマリーを望む。そして、修道院長が苦しんで亡くなったのは、他人の死を身代わりに引き受けたのだと話す。
第2幕第2場 会議室
マダム・リドワーヌが新修道院長に就任、祈ることが一番大切と挨拶を行う。その後をマリーが引き受け、皆でアヴェ・マリアを唱える。
第2幕幕前劇2 修道院の一室
激しく呼び鈴が鳴り、騎士ド・ラ・フォルスが、ブランシュに面会を求めてやって来る。修道院長はマリーに立ち合いをさせ、面会を許可する。
第2幕第3場 応接室
兄は、妹の変わりように驚きつつも、父の心配や修道院を取り巻く状況を話し、妹を連れ出そうと説得する。しかしブランシュは、修道院に留まることを告げ、兄は仕方なく帰る。兄が去るとブランシュは、マリーに弱音を口にし、マリーは誇り高くあるよう諭す。
第2幕第4場 聖具室
政府によって宗教上の集会が禁じられたため、最後のミサとなった。神父は、アヴェ・ヴェルム・コルプスを唱え、平服となって修道院を去る。修道院を取り巻く状況に、マリーは殉教を主張するが、修道院長は他の道を探る。そこへ神父が群衆に追われて修道院に戻ってくる。群衆は、修道院の門を開けるよう迫る。神父は裏の出口から去る。結局群衆を防ぎきれず、門は開けられた。群衆とともに修道院へ入ってきた役人は、「修道院は解散、建物は接収」との命令を告げた。
怯えているブランシュに、マザー・ジャンヌは、小さなキリスト像を与える。ブランシュが像を愛おしそうに抱くと、外から革命歌「サ・イラ」が聞こえてくる。驚いたブランシュは像を落とし、像は砕けてしまう。革命の足音が確実に大きくなり幕となる。
小さなキリスト像
第3幕第1場 廃墟となった礼拝堂
マリーは殉教すべきと主張するが、皆はなかなか決めきれない。そこで無記名投票を行い、反対票があれば殉教しないと決め、投票が行われる。結果は反対票が1票。それを投じたのはコンスタンスだった。しかし、コンスタンスは考えを変えたと言い、殉教が決定。怖くなったブランシュは、修道院から逃げ出す
第3幕幕前劇1 修道院の前の通り
修道女たちは平服に着替え、一般市民となる。役人は、「集団生活をしないこと、共和国の敵(神父など教会関係者)とは会わないこと」などを告げる。そして法律が監視していることを付け加える。
第3幕第2場 ド・ラ・フォルス侯爵家の邸の書斎だったところ
ブランシュはかつての自宅で、そこを占拠している一般市民のメイドとして働いていた。そこへマリーがやってきて、殉教の時がきたから戻るよう告げる。ブランシュは、父がギロチンにかけられたことを話し、どうしてよいかわからないと告げる。マリーは安全な場所の住所をブランシュに伝え、明日の夜まで待つと告げる。奥からはブランシュに用事を言いつける声が聞こえる。
第3幕幕前劇2 バスティーユ近くの路上
ブランシュは路上で、コンピエーニュのカルメル会修道院の修道女たちが逮捕されたという噂話を耳にする(会話のみの場面で、様々打楽器や街の雑踏の音などがその会話を効果的に盛り上げる。多くの場合、この場面はカットされるが、非常に残念)
第3幕第3場 コンシェルジュリー監獄の一室
修道院長は、感動的な「私の子どもたち」を歌い、皆で殉教することにする。コンスタンスは、今はいないブランシュが戻ってくる夢を見たから、きっと最後にはやってくると話し、皆に笑われる。役人が牢獄に入ってきて、修道女たち全員を死刑にすると告げる。修道院長は、皆を祝福する。
第3幕幕前劇3 バスティーユ近くの路上
マリーは、神父から修道女たちが死刑になると聞き、自分も殉教するためにそこへ向かおうとする。神父は、逮捕されなかったということは、生き残れということで、それが神の思し召しなのだから、それに従うべきだと告げる。
第3幕第4場 革命広場
群衆が見守る中、修道女たちが囚人馬車で連れてこられる。修道女たちはサルヴェ・レジーナを歌いながら処刑台へ向かい、1人ずつギロチンにかけられる。最後のコンスタンスが処刑台へ向かったとき、ブランシュもその後に続く。コンスタンスの途切れた歌を引き継ぎ、ブランシュが歌い続けるが、ついにギロチンがブランシュの上に落ちる。民衆の静かなヴォカリーズとともに幕となる。

史実とル・フォールとベルナノスとプーランク

この「できごと」が世に出るようになったのは、生き残った修道女の残した「証言」がもとになっています。オペラでは、マザー・マリーが生き残る設定になっていましたね。
革命下、市民はその日を生きるのにも恐怖を感じていた半面、貴族の処刑一種のイベントとして見ていました。しかし、今回は修道女の処刑。彼女たちは、有り合わせの布で修道服をあつらえ、殉教を喜び笑顔で聖歌を歌いながら処刑されたと伝わっています。その場面を見て、市民の反応はいつもとは全く違い、水を打ったような静けさだったと言われています。史実に基づけば、不安な表情で断頭台に向かうという演出は、間違っているのかもしれませんね。
そんな修道女処刑という、全く必要のないことを行ったフランス革命のバカげた一面を、カトリック文学の作家だったル・フォールは描きたかったのでしょう。その一例がブランシュです。ブランシュは架空の女性で、ル・フォールの創作です。ル・フォールが描いたブランシュの最期は、オペラとは相当違うものでした。
Gertrud v Le Fort c1935
AnonymousUnknown author, no author disclosure,
Public domain, via Wikimedia Commons

ゲルトルート・フォン・ル・フォール
「かつての修道女仲間が、聖歌を歌いながら次々と処刑されているのを見たブランシュは、精神的に錯乱し、最後の一人が処刑され途切れた聖歌を引き継いで歌ってしまう。それを見た周囲の女性たちがブランシュを殴り殺す。」といったものでした。
これをオペラの結末のように、精神的に異常ではないブランシュが仲間に加わり、処刑されるようにしたのがベルナノスでした。この他、騎士が新たに加えられ、修道院長クロワシーの死の苦しみのエピソードも追加されました。しかし、映画化は見送られたのは、前にお話ししましたね。
プーランクはベルナノスの戯曲から、直感的なインスピレーションを得ました。それでもそのままオペラにすることはなく、5幕仕立ての原作を、プーランク自身が3幕にまとめています。
相当な衝撃を受けるオペラです。終演後、御婦人方が手にハンカチをもって、目頭を押さえながら会場を後にする光景を何度も観ました。ということは、先生も何度もこのオペラを観ています。けっこう好きなんです。プーランクの音楽って、小難しくなくて、すーっと心に入ってきて、なおかつ心を鷲掴みにするんです。こんなヘヴィーな内容でも美しさを失わない。ちなみに先生の一番好きな音楽は、第2幕第3場のブランシュと騎士の二重唱。この他にも、衝撃的な開始の音楽や、様々な祈りの音楽。ぜひ一度お聴きください。

今後の上演

新国立劇場のオペラ研修所は、毎年3月に修了公演としてオペラ公演を行っています。なかなか本格的で一聴の価値はあると思っています。じつはこの「対話」は、2009年にも研修所公演として取り上げていました。その時研修生で騎士の役を演じられた城宏憲さん。今回は、賛助出演として再び騎士の役を演じられます。たまたま先生はその日の公演を観ていたので、今回も城さんの出られる日に行ってみようかと思っています。
城宏憲さん
城宏憲さん
(第8回コンクール・三浦環特別賞)

新国立劇場オペラ研修所修了公演
2024年3月1日(金)~3日(日)
 

詳しくは、新国立劇場HPの公演詳細ページをご覧ください。
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/dialogues-des-carmelites2024/

2009年3月の「カルメル会修道女の対話」公演詳細
※画像をクリックすると拡大表示します
カルメル会修道女の対話2009NNT

参考CD&DVD

参考CD(1)
指揮:ピエール・デルヴォー
ブランシュ:ドゥニーズ・デュヴァル
コンスタンス:リリアーヌ・ベルトン
マザー・マリー:リタ・ゴール 他 (1958年録音)
パリ初演の1年後、ほぼそのメンバーが集められています。プーランクはブランシュをドゥニーズ・デュヴァル(1921-2016)が歌うことを前提に作曲したともいわれています。生誕100年を記念してまとめられた、プーランク大全集から。
CD1
参考CD(2)
指揮:ケント・ナガノ
ブランシュ:カトリーヌ・デュボスク
コンスタンス:ブリギット・フルニエ
マザー・マリー:マルティーヌ・デュピュイ 他 (1990年録音)
ケント・ナガノは、当時リヨン歌劇場音楽監督をしていました。彼がいた頃のリヨンのオペラは、かの国の首都のオペラより素晴らしいと評判をとっており、この録音をはじめとして多くのCDが制作されています。このCDも、切ったら血が出るような、隅々まで彼の思いが行き届いた生き生きとした音楽が聴かれます。(1)でマザー・マリーを歌っていたリタ・ゴール(1926–2012)が、修道院長クロワシーを歌っています。
CD2
今回は、DVDも紹介いたします。怖いもの見たさのあなた、ギロチンの場面が気になりますね。5種類ご用意いたしました。
参考DVD(1)
指揮:ジャン・レイサム=ケーニック
ラン国立歌劇場(1999年収録)
DVD1
参考DVD(2)
指揮:リッカルド・ムーティ
ミラノ・スカラ座(2004年収録)
DVD2
参考DVD(3)
指揮:シモーネ・ヤング
ハンブルク州立歌劇場(2008年収録)
DVD3
参考DVD(4)
指揮:ケント・ナガノ
バイエルン州立歌劇場(2010年収録)
DVD4
参考DVD(5)
指揮:ジェレミー・ローラー
シャンゼリゼ劇場(2013年収録)
DVD5
かつては、日本語でも上演されましたが、フランス語のオペラなので、国内ではなかなか上演する機会が多くありません。
(1)サイトウ・キネン・フェスティバル 1998年上演
  先生の記憶が確かならば、フランス語による初めての上演ではなかったでしょうか。
プログラム1
(2)藤原歌劇団 2010年上演
プログラム2-1
プログラム2-2