ヘンデル作曲「セルセ」Serse (歌詞:イタリア語)

【ふじやまのぼる先生のオペラ解説(45)】
ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(1685-1759)は、ドイツに生まれ、イタリアで成功し、イギリスで活躍し後に帰化し没した作曲家です。
今回は、ヘンデルの経歴については語りません。また、機会がありましたらご紹介したいと思います。ここでは1つだけ。
ヘンデルの生きた時代、フリーランスの作曲家というものは存在せず、多かれ少なかれ王侯貴族等の庇護のもと存在していました。ヘンデルは、ハノーファー選帝侯宮廷楽長を務めていましたが、ある時ロンドンからの招きを受けてイギリスに滞在します。帰国の時期が来ますが、滞在を延長してなかなか帰ろうとしません。そうこうするうちに二年以上が過ぎました。そんな時イギリス女王が亡くなり、その後継者として、ハノーファー選帝侯がイギリス国王として即位することになります。しかし、ヘンデルは怒られることもなく、新国王の庇護のもと活躍を続けます。どうして怒られなかったかについては諸説ありますが、「ヘンデルが選帝侯のスパイだった」とも言われています。
ヘンデルの似顔絵
ヘンデル
さて、オペラ「セルセ」です。声楽を学んだことのある人は、初期の学習課題として「イタリア歌曲集」を勉強したでしょう。その中に「ラルゴ」または「ヘンデルのラルゴ」として知られている「オンブラ・マイ・フOmbra mai fu(樹木の陰で)」は、この「セルセ」の中のアリアの1つです。というか、このアリアのみ知られているオペラと言っても過言ではありません。でも、本当は「ラルゲット」なのに「ラルゴ」として知られているの、なぁぜなぁぜ?
オンブラ・マイ・フのスコア
(「イタリア歌曲集1」全音楽譜出版社)
「イタリア歌曲集1」全音楽譜出版社
ヘンデルは、ロンドンにイタリアオペラブームを起こし、大変な人気を集めます。ロンドンっ子たちはこぞってイタリアオペラを鑑賞し、そのために事前に台本の対訳本も飛ぶように売れます。しかし二匹目のドジョウを狙うカンパニーが別に起こり、しのぎを削るはずでしたが、もっと低俗な英語のオペラに人気が移り共倒れ。ヘンデルはオペラから手をひき、「メサイヤ」などで知られるオラトリオ作曲に転換します。そんな時に書かれた「セルセ」は、コミカルな部分もふんだんに盛り込まれましたが全く成功せず、5回上演されて打ち切られました。その後の復活は200年の時を待たなければなりませんでした。

日本でも「セルセ」の公演はそんなに多くありません。というか、ヘンデルのオペラの上演はそんなに多くはありません。ヘンデルのオペラって、長いんです。短めのワーグナーのオペラと同じくらい長い。CDで三枚なんてざらです。でも、おんなじ感じの繰り返しが多いんです。いわゆる「ダ・カーポ・アリア」ってやつです。「ダ・カーポ・アリア」については、ここ見てくださいね。
 

「アリアのいろいろ(1)」(オペラコンクールブログ「トリッチ・トラッチ」より)
https://www.suac.ac.jp/opera/blog/2021/06/00047/
 
ここに「セルセ」の楽譜があるのですが、全て番号がふってあって、この楽譜だと53番まであります。このうち「アリア」など一人で歌う曲が41、「ダ・カーポ・アリア」の形式で書かれているものは19でした。ヘンデル最後期に書かれたオペラなので割合として「ダ・カーポ・アリア」は少ないですが、一人で歌う場面が多いので、なかなかストーリーは進んでいきません。想像するに、イタリア語のわからないロンドンっ子には、ストーリーをゆっくり進めて、ちゃんとついてきてほしかったのかもしれませんね。しかし現代人は忙しいうえに、便利な字幕もありますので、もしかしたらワーグナーよりも長く感じるかもしれませんね。また、アリアばっかりだとありがたみが無くなってしまうきらいがありますね。
ヘンデル「セルセ」ヴォーカルスコア表紙
先日、新国立劇場のオペラ研修所公演の案内をしましたね。この「セルセ」も研修生の公演の紹介です。藤原歌劇団にある研修施設である「オペラ歌手育成部」による「第43期研究生 新人育成オペラアンサンブル公演」3月17日(日)に新百合ヶ丘駅北側の昭和音楽大学スタジオ・リリエにて行われます。43回ということは、それだけの歴史があるということ。排出されたオペラ歌手も多いことでしょう。
例年3月に二日に分けて行われる公演ですが、今回は一日で行い、時間を分けての二作品公演です。前半ドメニコ・チマローザ(1749-1801)のオペラ「秘密の結婚」後半「セルセ」です。完全入れ替えなので、お間違えなきよう。
「セルセ」は、コンクールの審査委員を務めています三浦安浩先生による演出。三浦先生は、演出家にデビューして間もないころ、この「セルセ」を演出したとのこと。このアリアばっかりの長編オペラを、予定時刻20時に終わるようにするには、どんな風に料理するのか、今から楽しみです。「秘密の結婚」は、先生が昔演じたことがあります。でも触れないでくださいね。先生の黒歴史のひとつです。

オペラ歌手育成部
      第43期研究生新人育成オペラアンサンブル公演

2024年3月17日(日) 13:00開演(15:30終演予定)
チマローザ「秘密の結婚」
2024年3月17日(日) 17:30開演(20:00終演予定)
ヘンデル「セルセ」

会場:昭和音楽大学 スタジオ・リリエ

詳しくは、日本オペラ振興会の公演詳細ページをご覧ください。
https://www.jof.or.jp/performance/2403-ikuseibu

「セルセ」

登場人物相関図

登場人物相関図
(三浦先生は、こういった相関図を嫌われます。先生、お許しください!!!)

あらすじ

序曲
第1幕第1場 離宮の庭園
ペルシャ王セルセは、プラタナスの木陰でアリア「樹木の陰で」を歌う。彼にはアマストレという許婚がいるが、庭園に現れた将軍アリオダーテの娘のロミルダを見初める。やって来たセルセの弟アルサメーネに、「ロミルダを妃にする」と告げる。アルサメーネは驚き困惑する。実はロミルダはアルサメーネと相思相愛だったのだ。アルサメーネは何とか止めようとするが、セルセは直接告げようと、ロミルダを探しに行く。ロミルダが妹のアタランタとともに現れる。アルサメーネは、セルセの一件を伝える。それを聴いていたアタランタは、密かにアルサメーネのことを愛しており、この一件がうまくいくようにと願いつつ、姉を慰める。セルセが戻ってきて、ロミルダに王妃になるよう言うが、ロミルダは断る。アそこにアルサメーネが現れ、彼に助力を頼むが、アルサメーネの様子から、セルセは二人が愛しあっていることを察する。彼はアルサメーネに「ロミルダを諦めるか、宮殿から去るか」を選択するよう命じる。アルサメーネは宮殿を去り、ロミルダもセルセの思い通りにはならない。セルセはロミルダから侮られたと思いその場を去る。ロミルダは自分の決意を歌い去る。
離宮と庭園のイラスト
第1幕第2場 王宮の中庭
セルセの許婚アマストレが、男変装して現れる。そこへ、将軍アリオダーテが戦勝報告のため、セルセのもとにやって来る。セルセは褒美として、娘ロミルダには王家の婿を取らせると約束する。皆が退場するとセルセは、「ロミルダと結婚すると、アマストレは何というか」とつぶやく。それを陰で聞いていたアマストレは「嘘つき!」と叫んでしまう。セルセに咎められるが正体は気付かれず、アマストレは去る。
一方アルサメーネは王宮のそばに残り、ロミルダ宛ての手紙を認め従者エルヴィーロに届けさせる。戻ってきたアマストレはセルセへの復讐を誓う。アタランタはロミルダにアルサメーネを諦めさせようとするが、姉の決意は固い。それなら私にも考えがあると妹。
第2幕第1場 市内の市場
エルヴィーロが花を売っている。アマストレは、彼からセルセの現状を聞き出し去る。アタランタが現れ、ロミルダ宛ての手紙を奪い、必ず彼女に渡すと約束する。その上「ロミルダはもうアルサメーネには興味がない」と嘘を言う。エルヴィーロは驚き去る。アタランタはセルセにその手紙を「アルサメーネが私に宛てたもの」と偽って渡す。「アルサメーネが愛しているのは私」と告げ、二人が結ばれるよう依頼する。驚くセルセだが、自分には有利とほくそ笑む。セルセはその手紙を預かり、やって来たロミルダに見せ、「お前は裏切られている」と告げるが、ロミルダの彼への愛は変わらない。セルセは怒り立ち去る。そうは言ったものの、ロミルダも嫉妬に苦しむ
一方アマストレは自殺しようとしている。それを見つけたエルヴィーロは彼女を助けるが、彼女は「王に会って、全て知っているが許すと言って自殺する」と言い残し去る。アルサメーネが現れ、手紙の顛末を聞く。エルヴィーロが「ロミルダは心変わりし、王に手紙を書いている」と告げるのでアルサメーネは嘆く。
第2幕第2場 アジアとヨーロッパを結ぶ海に架かる橋
セルセはアリオダーテに三日後にヨーロッパに攻め込むと告げ、準備をさせる。アルサメーネが死を求めて現れる。セルセは、彼の結婚を許すと告げる。喜ぶアルサメーネだが相手は何とアタランタ。アルサメーネは「ロミルダを愛している」と強く主張し去る。そこへアタランタが現れ、「アルサメーネはお前など愛していなかった」とセルセから告げられる。アタランタは開き直り、「好きなものは好き」と歌い立ち去る。セルセは、「恋とは面倒なもの」と歌い去る。
第2幕第3場 街はずれのさびしい場所
セルセとアマストレがお互い見えない位置にいて、恋について嘆く。アマストレはつい大声を出してしまうのでセルセに見つかる。男装しているので正体がばれないことをいいことに、負傷したため褒美が欲しいという。ロミルダが来るので、「後で城へ来い」と伝え去らせる。セルセはロミルダに結婚を求めるが、ロミルダは断り切れず、考えさせてという。そこに男装したアマストレが武器を手に現れる。セルセは衛兵を呼び立ち去る。ロミルダは衛兵を止め立ち去らせ、アマストレを逃がしてやる。
第3幕第1場 回廊
皆に問い詰められたアタランタは、自分の嘘を認める。アルサメーネとロミルダは、誤解が解けたと喜ぶ。アタランタは「私の美貌で他の男を見つけよう」と開き直り去る。セルセが来るのでアルサメーネは隠れる。セルセは王権をもってロミルダに結婚を迫る。ロミルダは、「父が認めるならば」と言うので、セルセはアリオダーテのもとへ向かう。アルサメーネが出て来てロミルダを非難するが、「王の前で何ができるでしょう」と言い、侍女の手助けを借りて憔悴しきって去る。アルサメーネは嘆く。
第3幕第2場 森の中
セルセはアリオダーテに、「ロミルダを王族と結婚させる」許可を取る。アリオダーテは喜んで認め、相手はアルサメーネだと思い込む。二人が去るとロミルダが現れ続いてセルセが現れ「王妃」と呼びかける。ロミルダは「もうアルサメーネとキスした」と告げるのでセルセは怒り、「弟を殺し未亡人にしてから王妃にする」と宣言し立ち去る。そこへ男装したアマストレが現れるので、「アルサメーネに危険を知らせて」と懇願する。その要望をきいたアマストレは、代わりに手紙を手渡し、王に届けるよう頼む。危険を伝えられたアルサメーネが現れるが、相変わらずロミルダとは誤解が生じている。
手紙のイラスト
第3幕第3場 祭壇のある大広間
人々が神に祈っている。別の方向からアルサメーネとロミルダが現れる。結婚の準備を整えたアリオダーテは、二人が現れると「王の命により二人は結婚する」と宣言する。訳が分からないまま、喜びに包まれる一同
セルセのもとへアリオダーテがやって来る。王の命により、娘とアルサメーネを結婚させたと報告するので怒り心頭。また、アマストレからの恨み節の手紙も届き、怒り爆発。そこへ、アルサメーネとロミルダが現れるので、アルサメーネにロミルダを殺すように命ずる。それを男装のアマストレが遮り、自分の正体をあかす。セルセは心から贖罪し、アルサメーネとロミルダの結婚を祝福する。
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参考DVD

こういったこんがらがった内容のオペラは、CDで聴いていても話の筋がよく分からず、誰が誰やら聞きとるのが難しいので、映像をお勧めします。と言っても男性役を女声が歌っているので、要注意です。このドレスデンでの収録は、いくつかのカットや順序の入れ替えはありますが、楽しく観ることができると思います。指揮のクリストフ・ルセは、チェンバロ奏者として活躍していましたが、1991年にレ・タラン・リリクというオーケストラを設立し、指揮をするようになります。レ・タラン・リリクとはフランス語で、「オペラの才能」とでも訳しましょうか、英語では「タレント・オブ・オペラ」となりますかね。オペラを演奏するオーケストラで、最初は17/18世紀の作品を多く演奏しましたが、近年では、アントニオ・サリエリ(1750-1825)のオペラを数多く手がけ、サン=サーンス(1838-1921)のオペラの録音もあります。何時もはシュターツカペレ・ドレスデンが入るピットに、レ・タラン・リリクが入っての収録。舞台は現代風。最近のヘンデルのオペラの演出は、現代風の舞台装置で行われることが多いような気がします。先生、実はヘンデルのオペラは食わず嫌いでした。でもこの映像は、少しヘンデルの扉を開けてくれた気がしています。
セルセDVD(1)
セルセDVD(2)