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教員紹介
藤井 尚子FUJII Naoko
教授
デザイン学部長 デザイン学科長
- デザイン学部 デザイン学科(匠領域)
キーワード:
テキスタイルデザイン・アート、染色、病衣デザイン、ホスピタルアート
出身地 | 神奈川県 |
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学歴 | 東京藝術大学大学院美術研究科(造形学専攻美術教育研究領域) |
学位 | 博士(美術)(東京藝術大学、2005年) |
経歴 | 多摩美術大学美術学部生産デザイン学科助手(1995年4月から2002年3月) 東北芸術工科大学美術学部非常勤講師(2001年4月から2008年3月) 財団法人新国立劇場バレエ研修所非常勤講師(2004年4月から2008年3月) 東京造形大学造形学部非常勤講師(2005年5月から2008年3月) 鎌倉女子大学短期大学部非常勤講師(2006年9月から2008年3月) 東京藝術大学大学院美術研究科非常勤助手(2007年4月から2008年3月) 名古屋市立大学大学院芸術工学研究科准教授(2008年4月から2019年3月) 東京藝術大学美術学部非常勤講師(2013年4月から2018年) 静岡文化芸術大学准教授(2019年)、教授(2020年から現在) |
担当授業分野 | テキスタイル概論、表現技法I、匠造形演習、現代デザイン論など |
研究分野 | テキスタイルデザイン、日常の中の染織文化、アノニマスデザイン |
研究テーマ |
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研究業績 | 著書
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受賞暦 | 名古屋市立大学学長表彰(2014年) Surface Design Association Excellent Award(2005年) 東京藝術大学藤野奨学金藤野賞(2004年) |
所属学会・団体 | 美術教育研究会 芸術工学会 日本色彩学会 日本テキスタイルカウンシル |
社会的活動 | 名古屋市成人式記念品デザイン画審査委員(2012年から) 名古屋市市民有地緑化コンテスト評価審査委員(2015年から) 名古屋市成人式記念品デザイン画審査委員(2012年から2019年) JIAゴールデンキューブ賞審査委員(2013年、2017年) 静岡県文化奨励賞選考委員(2021年、2022年) ほか |
メッセージ
「病衣のデザイン ―伝統とアノニマス」
かれこれ10年にわたり、病衣デザインの研究・開発を行っています。病衣とは、入院加療中に患者が着用する衣服のことです。病床が生活の場となるため、現状では、いわゆるパジャマ、浴衣といった寝衣が一般的に用いられています。また、これらの前開き構造が、診療や看護に適すため、入院の際に推奨している病院も少なくありません。しかし、患者自身にとってはどうなのでしょうか。病床といえども一日中寝衣のままで過ごすことは、時間感覚が失われ、生活リズムも乱れるだけでなく、お見舞いに来た家族や友人たちと会うことも気が引け、次第に億劫になるなど、対人関係も消極的になっていきます。衣服は、着用者の生活や人格を整え支える役割を持っているのです。
医療・看護行為を補助しつつ、患者自身でも脱ぎ着しやすい構造には、通常より大きめの袖ぐり(アームホール)が必要となります。しかし同時に、縺れて寝返りを打ちづらくなる、点滴台に引っかかりやすく転倒事故につながることも考えられます。病衣へ応用するためには、着脱時のみ拡大し、着用時は通常の寸法・形態に戻る、伸縮自在なアームホールが必要です。このことを実現可能としたのは、伝統染色技法の一つ「有松・鳴海絞(ありまつなるみしぼり)」を用いるアイデアでした。
「絞り」は、布の一部を糸などで括り、防染することで模様を染め出す技法で、複雑な道具を必要としないため、原初的な模様染めとして世界中で見られます。「有松・鳴海絞」は、時代の流れに合わせ、絞りの解釈を刷新しながら今日まで続く伝統産業工芸です。 ‘80年代には、それまでの模様染めからテクスチャー(質感)を持つユニークな繊維素材として、伝統産業工芸の技がファッションテキスタイルやインテリアテキスタイルに用いられるようになった「ヒートセット加工」があります。布地の折れ皺が安定的に保たれるため、いわゆるウェストゴムの素材であるポリウレタンに比べ、収縮方向への弾性が小さく、少ない握力・張力で布地を伸展できます。
上記の加工により、容易な着脱性のための大きな袖とアームホールの一部は、絞りによって規則的に折りたたまれた状態となり、着用状態では通常寸法の見た目を保つことができます。また、少ない力で伸縮できるため、身体機能が低減してしまう患者にとっても負担の軽減が見込まれます。
こうした父の闘病・在宅医療の経験から、患者の精神的負担を軽減しうる下衣の開発のために、「アノニマスデザイン」をヒントに再び研究を開始しました。ここでは、特定のデザイナーが存在しないデザインを指します。例えば、民族衣装のように、先人たちの知恵や創意工夫によって洗練・形成された、素朴で本質的な創造活動の中には、多くの無名の人々の願いや祈りが込められているはずです。今日の下衣の構造・形態に至る過程で、どのような取捨選択があったのか…それらをもう一度拾い集め、見直すことで、新たな発見が得られるはずです。
注目すべき下衣のアノニマスデザインの一つに、「开裆裤(kāidāngkù)」があります。いわゆるマチが無い、もしくは開いた下衣で、現在では中国の幼児用股割れズボンとして知られています。検査衣に応用した先行事例もみられましたが、このままの構造では、患者の精神的負担軽減は見込めないと考え、2019年2月に中国で実物調査を行いました。時代の美意識に合わせ、多様に展開した开裆裤のなかでも、今日と同様の[履く]構造と浴衣のような[巻く]構造を併せ持つ、清朝末期の子ども用の开裆裤には、患者側と介護側の両面から応用可能な要素が見受けられました。2020年12月に北京で開催された「中華服飾文化国際学術研討会」にて発表し、伝統民族衣装を現代へイノベーティブに展開する一例として関心を集めました。今後はプロトタイプを制作し、実装しながら検討していく予定です。
病衣研究は途上にありますが、これからの社会におけるデザインの果たすべき倫理的使命について、アノニマスデザインを耕しながら発信していきたいと考えています。